第38話 違和感

 せっかくだからオーガの大樹海に少しだけ入ってみたいと、半分冗談のつもりで言った。

 興味があるのは確かだけれど、何があるか分からない魔物の森に入るなんて、反対されるに決まってる。

 そう思っていたのだけれど。

 ユズリハさんとスズハはあっさり同意して、あまつさえ一緒に来ると言い出した。


「スズハくんの兄上ならば問題ないさ──ああ万一オーガどもに囲まれたら危険だからな、わたしが同行してキミの背中を護ってやろう」

「兄さんとユズリハさん二人きりなんて危険です。わたしも一緒に行って監視しますから……もちろんオーガからですよ?」


 そしてアマゾネスの総軍団長の二人も。


兄様ターレンとともにオーガの大樹海に乗り込む……なんて血湧き肉躍る戦い……!」

「この戦いに参加できる者は、他のアマゾネスから激賞と嫉妬を一手に浴びること間違いなし……!」

「しかし大樹海にアマゾネスが全員で乗り込めばすぐ気付かれる。よって、オーガに見つからないようにするには、せいぜい五人が限界……!」

「つまりアマゾネス族から参加できるのは我ら双子のみ……!」


 なんだか分からないうちに、両方とも付いてくることになったようだ。


 そんなこんなでぼくとスズハ、ユズリハさん、それにアマゾネスの総軍団長二人で、オーガの大樹海を偵察しに向かう。

 これは決して遊びではない。

 たとえ、動機がぼくが森の中を見たかったからでも、スズハがピクニック用のランチボックスを用意しようとしても、ユズリハさんが貴族用の高級茶葉を持ってきたりしても、あくまでこれは偵察なのだ。


 ****


 オーガの大樹海はくらかった。

 それはただの暗さとは違う、薄暗いというか、おどろおどろしい、いかにも魔物の森なのだという暗さ。空気そのものが違うのだろうか。

 きっと他のみんなも、そう思っているに違いない──


「兄さん、樹海の中はひんやりして気持ちいいですね」 

「オーガの気配もまるでない。木漏れ日も綺麗でなんだか幻想的だな、キミ」


 ──そうでもないみたいだ。

 アマゾネスの二人は、不思議そうに首を捻りながら歩いている。

 こちらは違和感を感じているみたい。


 そのまましばらく歩いてみても、オーガも他の魔物もまったく出くわすことはなかった。


「うーん、どうしようかな……?」

「もうお昼ですか、兄さん? わたしはもう少し後でもいいかと」

「いやそうじゃなくて」


 大樹海を歩くに連れて、いやな雰囲気は薄れるどころかますます深まっていくような気がする。

 なのにオーガに出くわさない。こんなのはおかしい。

 安全第一に考えるなら、ここは一旦引くべきだと思うけれど……


「スズハくんの兄上はなんだか不安そうだな。オーガは初めてか? だが安心しろ、キミの背中はわたしが預かるのだから!」

兄様ターレン、わたしたち双子も側に」

兄様ターレンとわたしたちなら、オーガなど恐るるに足らず」

「……えっとじゃあ、もっと奥に入ってみますか……?」

『うむ』


 公爵家の令嬢と隣国アマゾネス軍の総軍団長二人は、引くことなど考えてもいないみたいだ。

 ならばぼくのイヤな予感など関係ない。

 それに三人とも、ぼくなんかよりよほど実戦経験豊富な本職の軍人だしね。


 そうしてぼくたちは大樹海の奥へと進んでいく。

 そうして歩いている間にぼくは、オーガの基本的な知識について、ユズリハさんたちから教えてもらったりもする。

 ぼくはオーガを見たことも無いからね。

 そうして知識豊富なみんなから、色々と教えてもらえるのは嬉しいのだけれど。


「しかし兄様ターレンほどのお方が、オーガを倒されたことがないとは意外です」

「そ、そうですか……ははは……」


 まさか「自分はただの一般人なのでオーガと戦ったことが無くて当然」だなんて言えば、じゃあなぜここにいるという話になるので笑って誤魔化す。

 ユズリハさんもアマゾネスの二人も、過去に何度もオーガ狩りをしたり、オーガの集落を壊滅させているそうな。頼もしい。


「──キミならば、普通のオーガなどは恐れるに足らずだ。だが油断するなよ、オーガには稀に希少種というものがいる。例えばオーガアサシンとかオーガジェネラルとかだな」

「強いんですか?」

「そりゃもう、普通のオーガより遙かに強い。しかもオーガジェネラルやオーガキングなんかだと、他のオーガを統率していたりするからなおさら厄介だ」

「なるほどです。ユズリハさんもオーガの希少種に出合ったことが?」

「いや、わたしは無いな。アマゾネスの二人はどうだ?」

「……一度だけ。大変な激闘だった」

「同意。その時、我らアマゾネスが対峙したのはオーガシャーマンが率いていた。そいつはオーガのくせに幻覚魔法を使い、巧妙に我らを誘い込んで分断を図ったのだ。けれど我らアマゾネスは決して屈せず──」

「──ストップ。ちょっと待って下さい」

「「兄様ターレン?」」


 ハッとした。

 どうして今まで気付かなかったんだろう。

 みんなが不思議そうな顔で見てきたけれど、ぼくはそれどころじゃなかった。


「今までぜんぜん気付かなかった。──ぼくが、オーガは魔法を使わないなんてずっと思い込んでいたから」

「どうしたんだキミ、オーガシャーマンが気になるのか? しかしそんなのはレア種中のレア種だぞ?」

「けれどゼロじゃない。ならば、ぼくがずっと感じていた違和感も納得がいくんです」

「兄さん……?」

「つまり、こういうこと──ッ!」


 ぼくは周囲のに向けて、自分の魔力を叩きつける。

 パリン、とガラスの割れるような音がして、景色にヒビが入った。


 その後ろに現れた、本当の光景。

 おびただしい数のオーガどもが、ぼくたちを幾重にも取り囲んでいた。

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