第39話 わたしの相棒は、ちょっとわたしの命を救いすぎだろう(ユズリハ視点)

 斬っても斬っても、ユズリハの前にはオーガが次々に湧いてきた。


 いくらハイクラスの変異種とはいえ、オーガに後れを取るユズリハではない。けれどみっしりと筋肉の詰まったオーガの巨体を斬り続ければ、当然ながら剣先が重くなってくる。

 自分はどうしようもない大バカ者だと、ユズリハは剣を振りながら声には出さず自嘲していた。


 自分たち三人だけがオーガの大樹海行きを命令された時、ユズリハは激怒したものの同時に、内心どこかで「どうにかなるだろう」と思っていた。

 大樹海からはみ出してくるオーガは以前と比べて散発気味で、とくにここ数年は拍子抜けするほど少なくなっていることを知っていたからだ。

 オーガが昔と比べて大人しくなったのか、はたまた種として弱体期を迎えたのか──自分もおそらく隣国も、愚かにもそんなことを考えていた。


 その実態はまるで逆。

 鍛え上げられた変異種のオーガどもが、牙を剥くタイミングをじっと計っていたのだから──!


 ただでさえオーガは、たった一体で小規模の街を滅ぼすこともある危険度の高いモンスターだ。

 その変異種となれば危険度のレベルが跳ね上がる。

 しかもこの大樹海にいるオーガどもは間違いなく、訓練に訓練を重ねて、有機的に組織だった戦いを身につけていた。

 オーガの将軍ジェネラルどころかキングですら生ぬるい。

 おそらくはオーガキングが、さらに変異進化した──王の中の王キング・オブ・キングスによって、長年かけて鍛えあげられたのだろう。


「ユズリハさん、呼吸乱れてます! 落ち着いて!」

「んっ、すまない!」

「今は我慢です! 耐えていれば絶対に活路が見えます!」

「ああ、もちろんだ──!」


 スズハくんの兄上は背中に目でもついてるんじゃないのか、一瞬マジでそう考えたユズリハはすぐに苦笑した。んなわけあるか。

 現在、スズハの兄とユズリハたちは背中合わせで、全方向から襲いかかるオーガに対峙していた。

 その按分は、スズハの兄が一人で180度。

 もう半分の180度をスズハとユズリハ、それにアマゾネス二人の四人で分け持っている。


(これがわたしと、スズハくんの兄上の実力差──!)


 片方が一人でもう片方が四人。

 だから実力差は四倍、なんてことには当然ならない。

 考えるまでもなく、人数差を跳ね返すにはその数倍の実力が必要となる。


(自分たちとスズハくんの兄上の実力差は最低でも10倍、いやそれ以上だな。スズハくんの兄上が相棒だなんて浮かれていたくせに、わたしはとんだ恥さらしの情けない女だ。なのに──)


 ユズリハが無意識に口の端を歪めて、


(──なのに、なんでわたしは、こんなに心が躍っているのだろう!)


 自分が相棒と決めた男をオーガの罠に嵌めてしまったことが、死ぬほど無様で。

 自分が相棒の実力に遠く及ばないのが、死ぬほど悔しくて。

 自分が護るはずの相棒の背中を四分の一しか護れないのが、死ぬほど情けなくて。


 けれど。

 それでも。

 自分と相棒が、背中合わせで死闘を演じているのが──死ぬほど嬉しくて。


(オーガの数はキリが無い……! きっとわたしはこのまま、と背中合わせで死ぬのだろう……!)


 それも悪くないとユズリハは思う。

 悪くないどころか、少なくとも自分の死に方としてはこれ以上なく最高じゃないかという気がする。

 巻き込んでしまったには悪いが、天国ヴァルハラで未来永劫、専属絶対服従奴隷メイドとして奉仕することで許してもらおう──


「ユズリハさん」


 スズハの兄の鋭い声で我に返った。


「ぼくが合図をしたら、前後を入れ替わって。死ぬ気で二分……いえ、一分持たせて下さい」

「どうする気だ?」

「オーガキングの首を獲ります」


 そんなことが可能なのかと思った。


「陣頭指揮をしているオーガキングが焦れて、安全なゾーンからだんだんこちらに近づいてます。上手く正体を隠してますが、指示の出る場所と魔力の質は隠せない」


 そう言われても、ユズリハはまるで気付かなかった。

 スズハやアマゾネスの二人も同じだったようだ。


「ヤツさえ倒せば指揮は一気に崩壊、あとは単なるオーガの変異種の集まりです。でもヤツは臆病だから狙えるチャンスは恐らく一度きり。そこを逃して奥に引っ込まれて長期戦になれば、ぼくたちの勝ち目は無くなります」

「うん」

「なのでユズリハさん、頼めますか?」

「ああ。死んでも二分持たせてみせる」

「いえ、一分でもなんとか──」


 スズハの兄が反駁する前に、


「キミは最初、わたしに二分持たせろと言った。キミはわたしならそれができると信頼したんだ。だったらわたしは、どんなことをしても信頼に応えてみせよう」

「……すみません、すごく助かります」

「なにを謝ってるんだ。相棒なんだから当然だろう?」


 その時がユズリハの内心を超えて初めて、直接スズハの兄を面と向かって「相棒」と呼んだ瞬間だった。

 けれどもちろん、そんなことを気にする余裕があるはずもなく。


「ではユズリハさん。任せました」

「ああ、任せろ」


 短い返事のやりとり。

 そして、その時は意外に早くやって来た。


「3,2,1……今です!」

「はああっ!!」


 ユズリハが渾身の気合とともに入れ替わると、の身体はオーガに跳ね飛ばされるように、背中の向こうへと飛ばされていった。

 もちろんそれが擬態であることは間違いない。

 そしてそんなことを、気にしていられる余裕は一瞬もなかった。


(こんなオーガの圧力を──は受け続けていたのかっ!?)


 単純計算で敵が四倍になる。

 左右から絶え間なく繰り出される、しかもコンビネーションを伴った攻撃を必死で躱す。

 もうダメかと思った101秒後。

 死を覚悟したユズリハへの攻撃が、糸が切れたように緩んだ。


 オーガキングが倒されたのは明白だった。


(まったくキミってヤツは……これだけ距離が離れているのに、またしてもギリギリでわたしの命を救ったというのか……)


 わたしの相棒は、ちょっとわたしの命を救いすぎだろう──そう独りごちたユズリハだった。

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