第40話 逞しい腕の中で、優しく抱きしめられているということは──そうか、ここが天国か

 三日三晩、戦い続けた。一睡もしなかった。

 大樹海にいる全てのオーガが、ぼくたちに襲いかかってきたようだった。

 それは倒されたオーガキングの、最後の命令だったのかもしれない。


 いくら指揮統制を失ったとはいえ、変異種のオーガ。

 しかもキングの元でおよそ魔物とは思えない訓練を重ねてきた、屈強のモンスターどもだ。

 一体一体を倒すのは可能でも、纏めて相手をするのは相当厳しい。

 さらに言えば、ぼくたちは数体のオーガ相手しか想定していなかったので、普通の装備しか持っていなかったのも痛かった。

 もしこんなことになると分かっていたら、全長20メートルのグレートソードとか持ってきていたのに。


「……わたしは……生きてる、のか……?」


 最後の一体のオーガを倒した後にぶっ倒れて、そのまま糸が切れたように気絶していたユズリハさんが目を覚ました第一声がそれだった。

 自分を抱きしめているぼくの姿を認めると、ユズリハさんは何度も目をパチパチさせて、


「いや違うな。キミの逞しい腕の中で、優しく抱きしめられているということは──そうか、ここが天国か。或いは死ぬ前の走馬灯か」

「現実です。すみません、治療で魔力を流すためにユズリハさんの服を脱がせて、抱きしめさせてもらいました」

「いや誤魔化さなくていい。今までずっと孤独だったわたしが、最期に相棒の腕の中で眠る──こんな夢のように幸せな死に方を、走馬灯とはいえ叶えてくれたのだから」

「だから現実ですってば」

「いいんだ、そんな慰めは必要ない。これは本心だ。だがそうだな、あえて付け加える点があるとするなら──」

「う、うぷっ!?」

「ふふっ、これでいい。──わたしはずっと相棒の顔を、一度で良いから胸の谷間で思いっきり抱きしめてみたかったんだ。そうしてキミに、隣にいるわたしが実は成熟した女で、相棒のキミと子供を作りたくて仕方ないんだぞって気付いてもらって、」

「あのその、ユズリハさん……?」

「結婚式は神前、子供ができたら夫婦で剣を教えよう。新居の庭には桜が一面に植えてあって、いつか爺さんと婆さんになっても二人縁側に座って毎年桜を眺めるんだ。それで、それで、────すぅ」


 そこまで言って、ユズリハさんは再び眠りに落ちた。

 なにしろ一睡もできず三日間戦い抜いたのだ。

 ぼくの素人治癒魔法もなんとか上手くいったみたいだし、たっぷり眠ってもらったほうがいいだろう。


「……それにしてもユズリハさん、やけにテンション高かったな……?」


 三日三晩も戦闘でずっと興奮し通しだった影響か、それともぼくの素人治癒魔法が未熟なせいか。

 ユズリハさんはぼくのことを相棒だなんて呼んだばかりか、あまつさえ豊満すぎる乳房の谷間で抱きしめて、夢見るように愛を語ってみせたのだ。

 もしくはスズハから聞いたことのある、吊り橋効果というやつかもしれない。

 なんでも自分が死にかけたりすると、近場にいる異性が魅力的に見えるんだそうだ。たしか。


「……目が覚めたら忘れてるよね……?」


 なにしろ意識朦朧としてたとはいえ、平凡な平民のぼくに、公爵家の直系長姫でかつ国の英雄であもるユズリハさんが、愛っぽいことを語ってしまったりしちゃったのだ。

 もしも目覚めたときに記憶があったら、激しい後悔にさいなまれること請け合いだ。

 口封じに殺されるまであるかもしんない。


「まあユズリハさんだし、そんなことは無いと思うけど……ぼくは絶対、知らない振りしてないとマズいよね……」


 まあいいか、と気持ちを切り替える。


「そんなことより、スズハとアマゾネスの二人も治療しないと……すぐには死なないはずだけど、このままだと砦に帰るまで生きてられないもんね……」


 その後、スズハたちにもユズリハさんと同じような妄想だか幻覚が襲ったようで、ぼくは頭部を妹や男嫌いのアマゾネスに豊満な胸の谷間で挟み潰されながら愛を語られるという、世にも珍しい体験をしたのだった。


 ちなみに。

 目を覚ましたユズリハさんはバッチリ記憶が残っていたらしく、ぼくを見ては顔を赤くしたり青くしたりしていた。

 ぼくが何も知らない聞いてないという態度を貫いたのは言うまでもない。 

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