第78話 キミの背中って意外に広いんだな

 最初はぼく一人でミスリル鉱山に出かけるつもりだったのだけれど、話を聞いたユズリハさんが自分も行くと強硬に主張したのだった。


「いやいやだってユズリハさん、地図を見るとこのミスリル鉱山って、ものすごい山の中ですよ? さすがにユズリハさんに、そこまで行かせるわけには」

「わたしが勝手についていくのだから、そんなことは気にしなくていい。それにサクラギ公爵家の所領にも鉱山はあったからな。わたしがいれば、なにかと役に立つはずだ──決して、相棒たるキミとひとときも離れたくないからついて行くなどというわけではないから、そこのあたり誤解しないように」

「そんな誤解はしませんけどね……」

「兄さん、わたしも一緒について行きます」

「スズハも?」

「スズハくんまで来てもらう必要は無いだろう。わたしたちで上手くやっておくから城で待っていればいい」

「いえ、絶対について行きます。──知っていますか兄さん? とある地方の風習では、神聖な金属であるミスリルの産地に男女が二人きりで赴くことは、最上級の愛の告白でありむしろ新婚旅行そのものとすら捉えられるそうですね。そういえば、サクラギ公爵家の祖先はその地方の出身だとか──」

「そそそそんな風習聞いたことも無かったなぁ!?」

「というわけで、わたしも行きますので。もちろん異論はありませんね?」

「…………ない…………」


 というわけで、ぼくとユズリハさん、それにスズハの三人で、ミスリル鉱山の視察へと向かうことになったのだった。


 ****


 結論から言えば、ユズリハさんに一緒に来てもらって助かった。

 というのもそもそもの話、なぜか貴族にさせられたもののぼくは本来庶民なわけで。

 つまり、とても辺境伯の風格など持ち合わせていない。

 そんなぼくが突然ミスリル鉱山に現れて、抜き打ち視察に来たから責任者を出してくれと言ったらどうなるか?

 答え。妄想癖のアホの子が迷い込んだと思われる。

 実際そうなりかけた。

 そこで、ユズリハさんの登場である。


「──ほう。貴様のどの口が、自分の領主をニセモノだと決めつける?」

「…………!!??」

「不敬罪だな。即決死罪でも文句はいえんぞ?」


 そう言ってユズリハさんが前に出る。

 今更だけれど、ユズリハさんはこの国で知らぬもののいない超有名人だ。

 天使さながら美貌、女神のごときスタイル、死神そのものの戦闘能力を併せ持つユズリハさん。

 そのどれもが、とても一般人に真似できるものではない。決して。

 つまりオーラが全然違う。


 当然のごとくユズリハさんは一瞬で本物と認定されて、責任者のもとへ案内された。

 場違いに豪華な部屋にいたのは鉱山長と副鉱山長。

 二人とも似たような見た目の、いかにもいかついおっさんだった。

 背が高くて筋肉ぶくれを自慢するようなスタイル、禿頭が光って人相が悪い。

 一瞬どこの山賊の頭領かと思ったのは秘密だ。


「……ほう? あんたが、新しい辺境伯だぁ……?」

「そんでそっちが殺戮の戦女神キリング・ゴッデスサマだぁ?」


 うわぁ、というのがぼくの率直な感想。

 思わずスズハとユズリハさんの前に出て、視線を遮ってしまったほどだ。

 ぼくはいい。スズハもまあ百歩譲って仕方ないかもしれない。

 でも生粋の大貴族様であるユズリハさんを、まるで高級娼婦が現れたみたいな目でジロジロ睨めつけるのはダメだからホントに。

 もしこの場面を、あの娘バカの公爵が見ていたら、速攻で二人とも鉱山の奥深くに埋められるに違いない。


「ユズリハさん、本当にすみません……あれ?」


 ぼくなんかと一緒にきたばっかりに、不快で下品な視線を浴びることになったユズリハさんはさぞ憤慨していることだろう──と小声で謝りつつ振り返ると、ユズリハさんはなぜか大層ご機嫌な様子だった。

 ていうか真面目な顔を作ろうとしているんだけど、口元のニヤつきは隠せないといった感じ。


「えっとユズリハさん、一体どうしたんですか……?」

「い、いや!? なななんでもないぞ、決してキミがわたしたちを背中にかばってくれた事に、胸がキュンとしているわけでは!?」

「そんなこと想像もしてませんよ!?」

「あの気持ち悪い視線を自然に遮ったキミのさりげない優しさとか、キミの背中って意外に広いんだな……とか、相棒に護られるわたしってまるでお姫様みたいとか、そんな破廉恥なことは微塵も考えてない! なあスズハくんもそう思うだろう!?」

「なに慌ててるんですかユズリハさん。そんなことより兄さんが本当にローエングリン辺境伯であると、どうこのアホどもに理解させるかの方が重要だと思いますが?」

「そ、そう! わたしもずっとそれを考えていたんだ!」


 というわけでその後、ユズリハさんがいかにしてぼくが新しいローエングリン辺境伯に就任したかという大演説をぶちかましてくれた。

 ──それはぼくが滅茶苦茶強くて、滅茶苦茶救国の英雄で、その結果辺境伯に推薦されたという話。

 その内容は吟遊詩人でもそこまでやらないぞ、というほど脚色過多で。

 つまりは当事者のぼくが聞いてもウソ、大げさ、紛らわしいと思わず叫んでしまいそうな、そんな内容のオンパレードだった。


 それを事情も知らない人が聞いても、信じられるはずがないと思うんだけど。

 当然ながら話が進むごとに、鉱山長たちのぼくらを馬鹿にしたような視線は強くなっていく。そして。


「──ほうほう。そこまで強いってんなら一つ、おれたちのをつけちゃもらえませんかねえ? 辺境伯サマ?」

「おれたちは魔物や山賊の襲来に備えて、日頃から鍛えなきゃいかんからなあ? だから鍛錬には余念が無いってわけよ。ガハハ」

「もちろん逃げるわけがないよなあ、国を救った英雄の辺境伯サマ?」

「しかし鉱山長は強いからなあ、ヘタすれば殺しちまうかもしれないが……訓練ではつきものだからなあ? ガハハ」

「……はあ、分かりました。そういうことなら」


 ぼくが了解の返事をすると、鉱山長たちはなぜか一瞬驚いた顔をして、さらに爆笑したのだった。

 これでもぼく、戦闘職でない一般人相手にはあっさり負けないくらいには鍛錬してるつもりなんだけどなあ。

 それともぼくってそんなに弱く見えるのだろうか。

 そ、そんなことないよね……? と、同意を求めてユズリハさんたちに振り返ると──


「オイオイオイ」

「死にましたね……あの二人」


 ユズリハさんとスズハが、物騒なことを呟いていた。

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