第79話 わたしならとっくに泣きながら土下座で命乞いしているところですが、とスズハは言った(ユズリハ視点)

 むくつけき鉱夫たちの前で、凄惨な公開凌辱りょうじょくショーが行われていた。

 とはいえ自業自得だけれど。


「……いや待てよ。なあスズハくん、男同士の場合も凌辱って言うんだろうか?」

「知りませんよそんなこと」


 鉱山長の号令によって、屈強の肉体を持つ鉱夫たちが全員、坑道前の広場に集められていた。

 名目上は新辺境伯歓迎のためとのことだったが、鉱山長たちがスズハの兄をボコボコにする姿を鉱夫みんなに見せつけたいという意図があからさまで。

 それに気づいたユズリハはすぐにでも鉱山長たちをぶっ飛ばそうとしたが、横にいたスズハの一言で冷静になった。


 ──いいじゃないですか。二度と反抗する気が起きないように、兄さんにとことん性根をたたき直してもらいましょう、と──


「しかしまあ、こうなるだろうとは思っていたが」


 鉱山長たちにとっては、自分たちの強さと新辺境伯の無様な姿を見せつけるはずだった舞台。

 だが現実は、真逆の事態が進行している。

 革鎧に大斧という完全武装の蛮族スタイルで戦う鉱山長たちが、なんの装備もないスズハの兄に対して、まるで手も足も出ないのだ。


 鉱山長たちがどれだけ全力で攻撃しても、スズハの兄には一切通用しない。

 ときにはわずか1センチでかわされ、またときには指一本で受け止められる。

 そしてスズハの兄の、目にも止まらない超速カウンターをぶち当てられて、一撃で鉱山の岩肌まで叩きつけられてしまうのだ。

 その様子に集められた鉱夫たちは一人残らず、顎が外れんばかりに驚愕している。

 ユズリハとスズハにとっては、そんなの当然すぎる結果なのだけれど。


「アマゾネス軍団長二人すら手玉に取ったスズハくんの兄上だからなあ……イキる相手が悪すぎた、というところか」

「全くです。……しかしあのザコ二人とも、まだ抵抗を続けるなんて信じられません。兄さんには一生、未来永劫かなわないってなんで分からないんでしょうか? わたしならとっくに泣きながら土下座で命乞いしているところですが」

「ああ、それは簡単だ。戦いの前にわたしがやつらの耳元で囁いてやったんだ──『あれほど大きな口を叩いておいて、万が一にでも一撃すら当てられないような醜態をさらしたら、公爵家次期当主として鉱山長の交代を進言せざるを得ない』とな」

「えっぐいですねそれ。そんなの不可能に決まってるじゃないですか」


 スズハは「しかも」と言葉を継いで、


「兄さんは今まで、指一本しか使っていません。攻撃だって、すべて極限まで手加減したデコピンのみです。それでここまで無様にやられているのに、鉱夫のみなさんが同情している様子がまるでゼロなのも笑えますね」

「どうせ奴らのことだ、暴力で部下たちを支配してたんだろうさ。そしてあいつらの妄想ストーリーでは、スズハくんの兄上を力任せに殴りつけて屈服させて、さて何を要求するつもりだったやら」

「……今になって腹が立ってきました。ちょっと往復ビンタくらい、してきてもいいですか?」

「やめておけ。スズハくんが本気で往復ビンタしたら、連中など頭がもげるか最低でも首の骨が折れる。しかし妙だな──」


 なんだかいつもと違う気がする。

 いつもだったら力の差を見せつけるにしても、もっと淡々と、まるで戦闘訓練かなにかように相手を叩きのめすのがスズハの兄だ。それに必要以上に惨めに見えないように、相手のこともそれなりに気遣う。それが成功しているかは別として。

 それが今回は、どこか感情的に、徹底的に叩きのめそうとしているような……?

 首をひねるユズリハの横で、スズハがぼそりと口にした。


「兄さん、身内には甘いですから」

「ん? どういうことだ?」


 ユズリハが聞く。

 するとスズハが、しまったという顔をしてそっぽを向いた。


「……いえ、なんでもありません」

「なんでもないはずないだろう? 言ってくれ」


 どういうことか聞いておかなければならないと、ユズリハの女騎士のカンが告げていた。

 何度か肘で突っついてうながすと、スズハがしぶしぶ説明する。


「……兄さん、ユズリハさんがバカにされて怒ってるんですよ」

「そ、それは本当かっ……!!」


 ユズリハの表情筋がだらしなく緩む。

 そうかそうか。スズハくんの兄上はわたしを嫌らしい視線から護ってくれただけでなく、わたしがバカにされたことを静かに怒ってくれていたのか。

 自分がバカにされることなんて、なんとも思っていないアイツが。

 相棒のわたしがバカにされただけで、いつも落ち着いている感情を剥き出しにして……!


「……はあ。ユズリハさんが絶対調子に乗るから、言いたくなかったんですよ」

「ちょ、調子に乗ってなんかないぞ……多分」

「そんなことより見てください。ほら、周りで見守っている鉱山の人たち」

「彼らがどうした?」

「なんだか、ちょっと熱狂しすぎてませんか……?」


 言われてユズリハもハッとする。

 なんだかスズハの兄に対する応援が、ちょっと熱が入りすぎているような……?


「兄さんが、今まで自分たちを虐めてきた鉱山長たちをぶっ飛ばしていると考えれば、理解はできるんですが……」

「そうだな。──ところでこれは全く関係ない話なんだが、スズハくんはこんなことを知っているか? 男ばかりが共同生活を行っている集団では、衆道が発生しやすいらしい。衆道とはいわゆる男性の同性愛の──」

「……これはその話とは全く関係ないですが、できるだけ早急に帰りましょう。詳しい調査は後日、兄さん抜きで改めて来てもいいんじゃないでしょうか」

「……ああ。わたしもそう思う」


 ユズリハがげっそりと答える。

 なんだか鉱夫たちの、スズハの兄を見る目がハートマークになっている気がした。

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