第80話 わたしがハニートラップを仕掛けるのはどうでしょう

 ぼくが鉱山長たちとをした後は、二人ともだいぶ大人しくなった。ユズリハさんのした英雄譚も、まるきり嘘ではないと思ってくれたようだ。

 それから二人は、ぼくたちにミスリル鉱山を案内してくれた。少なくとも表面上は。

 しかし……


「やっぱりおかしい」


 鉱山の案内が一通り終わって、ぼくたちは管理棟にある貴賓室へと案内された。

 歴代の辺境伯が訪問してきたときも、この部屋を使っていたそうな。

 貴賓室は会議用のテーブルもあるし、随行者用のベッドルームなんかも繋がっている。至れり尽くせりだ。


「兄さん、なにがおかしいんですか?」

「ミスリルの産出量だよ」


 ベッドの上にちょこんと座るスズハへ答える。

 ちなみにユズリハさんは、確かめたいことがあるからと出て行った。


「あれだけの鉱山があって、あれだけの人数がいるのに、ミスリルの産出量がどう考えても少なすぎるんだよね」

「……そういうものなのですか?」

「ぼくも視察にくる前、アヤノさんといろいろ調べたから分かるんだけど」

「すると、横流しとかでしょうか……?」

「可能性はあると思う。もう今日は遅いから、明日になったら慎重に確かめないといけないね」

「あの鉱山長、すごい悪人づらですし横流しとか絶対やってます。だったら締め上げれば手っ取り早いのでは?」

「そういうことは思っていても言っちゃダメ」


 ぼくがスズハをたしなめていると、ユズリハさんが戻ってきた。


「お帰りなさい、ユズリハさん」

「うむ……実は鉱山の規模の割にミスリルの産出量がなんとなく少ないような気がして、鉱山長たちに話を聞いていたんだ。まあこれは、領地でもミスリル鉱山を持っているわたしだからこそ、気づけたことだろうが……」

「いえ、兄さんはとっくに気づいていましたが?」

「スズハうるさい。それでユズリハさん、どうでした?」

「わたしのカンだが……あれはクロだな。なにしろ顔が悪人面だし」


 ユズリハさんの発想がスズハと同レベルだった。


「というわけでキミ、ちょっとあの鉱山長たちを拷問したいと思うのだがどうだろう」

「証拠もなしにそんなことしちゃダメですよ!?」

「いやいや、わたしの女騎士と、あと歴戦の公爵令嬢のカンが告げている。あれは明らかにクロだ。真っ白なんて考えられん」

「それでもダメですってば!」

「兄さん、でしたらわたしがハニートラップを仕掛けるのはどうでしょう?」

「なにそれ!?」

「あいつらは、兄さんとユズリハさんの強さは心底理解していると思いますが、わたしのことはコムスメと侮っているに違いありません。ですのでわたしが夢遊病という噂を流し、深夜に一人でいるところを襲わせれば」

「ダメに決まってるよねえ!?」

「安心しろキミ。あの鉱山長どもは中堅騎士くらいには強いが、スズハくんにかかれば虫ケラを叩き潰すようなものだ」

「そういう問題じゃありませんから!?」


 ****


 その後、二人をなんとか落ち着かせて、明日以降きちんと調査しようという結論にようやく持って行ったときには、もう夕食の時間になっていた。


「そういえば兄さん、夕食はエビチリだそうです」

「エビチリ?」

「やはり肉体労働の後にはしょっぱい食べ物ということでしょう。ねえユズリハさん」

「まあそうだろうな……だができればわたしは、スズハくんの兄上の手作りエビチリの方が食べたかった……」

「はいはい。城に戻ったら作りますね」


 エビチリが用意されている幹部用の食堂に出向くと、待っていたのは鉱山長と副鉱山長、それともう一人。なんでも鉱山の会計責任者だとか。

 この人も鉱山長と同じ禿頭のいかついオッサンなので、山賊どもの宴会感が半端ないのだけれど。

 ともあれ、形だけでも歓待をしてくるみたいだ。

 そして用意されているエビチリは……見た目がもの凄くしょっぱそうだった。

 どれくらいかしょっぱそうかというと、こんなの食べたら高血圧で死んじゃうんじゃないかってくらい。なにせ溶けてない塩の塊が浮いている。

 これじゃ、たとえ毒が入っていたとしても、味がヘンだなんて絶対に分からないだろうってレベルだった。


「…………」


 鉱山長たちが、なぜかぼくたちを見ながらニヤニヤしているのも気に掛かる。

 一見すると『おれたちのエビチリのしょっぱさに耐えられるかな?』という感じだけれど、なんだか秘密の思惑を隠しているようにも見えた。なので。


「あっ、あそこに彷徨える白髪吸血鬼が」

『なっ!!??』


 みんなの注意が窓の外に逸れたところで、ササッとエビチリの皿を交換しておく。

 ぼくたちの皿を鉱山長たちへ、鉱山長たちの皿をぼくたちへ。

 もちろんエビチリをすり替えたって、特段の問題なんてないはずだ。普通なら。


「気のせいだったみたいです。じゃあ食べましょうか」


 そして夕食が始まって、しばらく立った時。

 鉱山長たち三人が突然、泡を吹いてひっくり返った。 

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