第81話 キミにまた命を助けられたと思うと、どうしようもなく心が浮き立ってしまうんだ
「なっ……まさか敵襲かっ!?」
「違いますよユズリハさん」
「兄さんの言うとおりです。この人たち、きっとわたしたちを高血圧で殺そうとして塩を入れすぎたら、逆に自分たちがやられたのでしょう。鉱山長とか言って偉そうだったくせに軟弱すぎますね」
「ねえスズハ。いくら塩を取り過ぎても、いきなり泡を吹いて倒れたりはしないと思うよ?」
遠距離魔法で狙撃されたと勘違いしたユズリハさんと、塩分の取り過ぎだとなぜか断定するスズハに事情を説明する。
鉱山長たちの様子がなんとなく引っかかったので、ぼくが隙を作ってエビチリの皿を取り替えておいたこと。
そうしたら、ぼくたちが食べるはずだったエビチリを食べた鉱山長たちが、泡を吹いてひっくり返ったこと。
「つまり……こいつらは、兄さんに毒を盛ろうとしたということですか?」
「そうだろうね」
「なんで貴族になった兄さんに毒を盛るなんてことしたんでしょうか。だってそんなことしたら、どんな結果になろうが一族郎党皆殺しが大確定じゃないですか。いくらこの人たちがバカだからって、そんなあまりにも大バカすぎることをするなんて……?」
「ひょっとしたら、もうとっくに引き返せないところまで罪を犯していたのかも」
もしもミスリルの横流しなどが発覚すれば、それまた当然ながら一族郎党大粛清だ。
ならば犯罪の露見を阻止するために、貴族に毒を盛るなんてことをする可能性は十分あり得る。
もしも失敗しても、これ以上悪くなる可能性はないのだから。
「ユズリハさんはどう思いますか……ってユズリハさん?」
「あ、ああ」
ぼくが声を掛けると、なんだかぼーっとしていたユズリハさんが慌ててこちらを向いた。なんだか顔が赤い。
「どうしました? まさか、ユズリハさんのエビチリにも毒が……!?」
「あ、いや、そういうのじゃないんだ。何というかその……またキミに、命を助けられてしまったなって」
「はい?」
「もちろん、わたしが悪いことは承知している。──暗殺だの食事に毒を入れるだのなんて、庶民だったキミには普通、気づきようがないはずなんだ。たまたまキミが気づいたから良かったが、本来なら公爵令嬢のわたしが気づくべきだったことだ。本当に申し訳ない」
「いえそんな、ユズリハさんのせいだなんてこれっぽっちも」
「だからわたしは大いに反省すべきなんだが……それなのにさっきから、嬉しくて仕方ないんだよ」
「えっ?」
「わたしはキミを助けるべき場面で、助けることができず反対に助けられた不甲斐ない女だ。なのにいかんな──キミにまた命を助けられたと思うと、どうしようもなく心が浮き立ってしまうんだ」
上目遣いで頬を赤らめて、手をもじもじしながらそんなことを言われても困る。
こういう場合、ぼくはどう返せばいいんだろう。
自らの非を認めて反省しているらしきユズリハさんに「そんな事実はありません!」はヘンだし、かと言って「そうですね」というのもダメである。
だいたいぼくには、ユズリハさんを非難する気持ちなんて一切無いのだから。
ぼくは少しだけ考えた末、勢いで押し切ることにした。
「ユズリハさんが気づかなかったことに、ぼくが気づいた。それでいいじゃないですか」
「しかしキミ、それでは……!」
「ぼくとユズリハさんは、ホラ、仲間同士というかいわば一心同体なわけですから。どちらか片方が気づかなかったことでも、もう一方が気づけばそれでいい。そうやって助け合うのが本当の仲間ってモノじゃないですか。だからまったく問題ないです!」
「そ、そうだったのかっ……! キミはわたしのことを、相棒としてそこまで認めて……!」
ぼくの超強引な論理展開に、なぜかユズリハさんは目をウルウルさせて感動していた。
よく分からないけど、なんとかなったみたいだ。
「それじゃユズリハさん。今からこの鉱山に詳しい、長く働いている鉱夫さんを中心に聞き込み調査しましょう」
「うん? 聞き込みはもちろんすべきだが、明日でもいいんじゃないか? そ、それより、いつそこまで相棒として認めてくれたのかについて詳しく……」
「いいえ、今日やりましょう。鉱夫の中にいるかもしれない協力者が証拠隠滅をはかるのを防ぎたいですし、それにこれは極論ですが、ミスリルを横流ししている相手が今夜にでも現れるかもしれませんし……スズハもそれでいい?」
「はい。兄さんの判断に従います」
それからぼくたちは、泡を吹いた鉱山長たちを念のため縄でぐるぐる巻きにし、それから仕事を終えた鉱夫たちの元へ向かうのだった。
ユズリハさんの責任問題も
──結果的にそれは、とんでもない誤りだったのだけれど。
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