第82話 彷徨える白髪吸血鬼ふたたび

 三人で聞き込み調査し、時にはユズリハさんが王国女騎士秘伝の関節拷問技「その関節はそっちに曲がらない」まで駆使して得た情報を総合すると、ミスリルは月に一度、満月の夜にこっそり搬出されるのだという。

 空を見上げる。普段より赤く染まったまんまるの月。

 つまり今夜だ。


「それにしても、さすが兄さんですね。本当に闇取引が今日だなんて」

「偶然だけどね。まあ鉱山長たちが性急すぎたから、なにか裏があるかなと思っただけで。それにしたって正規の取引の可能性もあるし」

「いいやキミ、それは無いだろう。まともな相手なら昼間に引き取りに来るはずだ。ミスリルと見間違えて銀でも掴まされたらシャレにもならん」

「ああ、だから裏取引も満月の夜にするんですね」


 取引の行われているらしき場所も確認してある。

 ミスリル鉱山の裏手にある鍾乳洞の奥の突き当たり。

 本当ならば魔物除けのためにミスリルを祭壇にまつっている場所で、その闇取引は行われているのだとか。

 大勢で向かっては気づかれて逃げられる恐れがあるので、ぼくとスズハ、ユズリハさんの三人だけで、闇取引の現場を取り押さえるべく向かっている。

 まあユズリハさんさえいれば、どんな相手でもまず大丈夫だろう。

 そんな風に楽観視していた。


 やがて鍾乳洞の入口についたぼくたちは、息を潜めて中へと入っていく。

 人が歩きながらすれ違えるかどうかという狭い洞穴。

 そのうえ岩面がでこぼこなのに、表面はつるつるしている。鍾乳洞の特徴だろう。


「スズハ。滑らないよう気をつけてね」

「はい兄さん。真っ暗で、ほとんど何も見えませんね」

「我慢して。話によると、祭壇部分は天井が抜けて空が見えるみたいだよ」

「しかしキミ……運び出すミスリルの量も考えると、結構な人数がいるはずなんだが、そちらの気配もまるで感じられないな……」

「そうなんですよね……ハズレでしょうか?」


 ひそひそ声で話しながら、慎重に鍾乳洞の中へと入っていく。

 そうして歩いていくと、広い場所に出た。

 狭い穴の先にある、ぽっかりと開いた広間。

 数十メートルの高さの天井は開けており、真っ赤な満月が広間を照らしている。


「……!!」

 

 視界に入ったのは、おびただしい数の惨殺死体。

 どこかの国の正規兵らしき、きちんと武装した兵士の身体がぐちゃぐちゃに、はたまたバラバラになって、広間一面にばら撒かれていた。

 その中で、


 


 広間の一番奥で静かにたたずんでいたは、ぼくを認めると『にぃっ』と嬉しそうに口の端を歪めて、血よりも深い赫眼かくがんをぼくに向けたままゆっくりと動き出した。


「二人とも、ぼくの後ろに下がって──!」

「兄さん……!?」

「キミ、まさか──!」


 極度に緊迫したぼくの指示に、二人もなにか気づいたようだった。


 それは、間違えようもない相手。まさかこんなところで再戦だなんて。

 の顔を、雲から顔を出した月光が照らす。

 腰まで届いた真っ白な髪。

 見た目だけなら、夏の貴族令嬢のようにも見えた。

 けれどその実態は、目撃した全ての生命を刈り尽くす、まさに伝説の死神。

 後ろで「ひっ」と声を漏らしたのはスズハとユズリハさんのどちらだろうか。


 彷徨える白髪吸血鬼が、ぼくに向かって駆けだした──!

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