第77話 魔物は強力で白いほど魔法銀を好む(トーコ視点)
「──それで今日お前は、鮨の話をするために来たのか?」
聞かれたトーコは、字面だけだとひどく間抜けな感じたと思いながらかぶりを降った。
「まあそれも重要なんだけど、もう一つ話があるかな。例のミスリルの件なんだけど」
「ほう」
疑惑の発端は、スズハの兄が領地を占領していたウエンタス公国の司令官を、まとめて拉致した例の件。
そのときに分かったことだが、ウエンタス公国の司令官がやたらとミスリルの武器や防具を身につけていたのだ。
スズハの兄などは「さすが指揮官」などといって素直に感心していたけれど、その横で首をひねったのはユズリハで。
公爵令嬢にして軍歴も長いユズリハは、ミスリル製の武具が安くないことを知っている。
たとえ中小でも歴史ある貴族の家宝というならともかく。
たかが前線の司令官ごときが、ぽんぽん身につけられるものでは決して無いはずなのだ。
だからユズリハは女王のトーコに手紙で報告し、受け取ったトーコはミスリルの出所を調査させていた。
敵国でミスリルの武具が気軽に流通しているという事態は、脅威でしかないのだから。そして。
「結論から言うとね、ウチの国のどこかにミスリルの隠し鉱山がある。それも相当大規模なヤツ」
「……最近見つかったのか?」
「違うと思う。ボクが王女として見てきた限り、この国でそんな様子はなかったもん」
「ではずっと昔から隠れて採掘され、そしてミスリルをウエンタス公国に売られていたと?」
「採掘はその通りだけど、ミスリルが大規模にウエンタスに売られたのは最近じゃないかな? でないといくらユズリハだけ最強女騎士でも、ミスリル装備バンバンの相手にウチの国のへっぽこ軍隊が勝ち続けられるわけないじゃん」
「……なるほど……」
腕を組んで考えることしばし。公爵は一つの結論に至った。
「つまり相場を破壊するほどの安売りをしてでもミスリルを大量に売りつけることで、クーデターの戦費を得たか」
「そーゆーこと。どっちの王子の派閥かも分からないけどねー」
「目星はついていないのか?」
「無茶言わないでよ。クーデターでボクに反逆した罪で磨り潰された貴族なんて、貴族全体のどれだけいたと思ってるのさ? 容疑者があまりに多すぎるんだよ。それにユズリハがスズハ兄に良いとこ見せたくて、必要以上にケチョンケチョンに叩き潰しまくったせいで、証拠どころか貴族の存在ごと抹消された家ばっかりだし」
「……むう……」
「まあでも、そう考えたら何重の意味でも、スズハ兄はウチの国を救った英雄だよね! どこのパーだか知らないけど、あんなに敵国にミスリル横流ししたら、どっちが内戦で勝っても数年以内にウチの国ごと滅ぼされてたよ。そんなことも分からないくらいパーなんだろうけど!」
「全くだな。あの男には、大いに感謝している」
──それは紛れもなく二人の本心だった。
最上位貴族として生まれ、それにふさわしい教育を受けてきた二人は、国を愛する気持ちは人一倍強い。それこそ、国家存続のためならば自分の命すら差し出してもいいと思うほどに。
だから国を救った英雄である青年に対しては、一個人としてただ純粋に、例えようもないほどの感謝をしているのだ。
とはいえ端からそう見えないのは、それはそれとして、なんとかして自分の身内に取り込めないかと二人が画策しているからであろう──
「しかし、ミスリルが大量に採掘されるとなると、ちと気になるな」
「なにが?」
「『魔物は強力になればなるほど
公爵の言葉に、トーコが心底嫌そうな顔をする。
「やめてよ縁起でもない。そんなのただの、根拠のない言い伝えでしょ?」
「だとは思うがな」
「それにそーゆー採掘場って、祭壇だのがあってそこに捧げ物供えて厄除けとかしてるんじゃないの?」
「ミスリル相場を破壊するまで売り尽くす阿呆に、そんな知恵も余裕もあるとは思えんがな」
「……まさか、ね……」
「……」
「……」
トーコの額に冷や汗が浮かぶ。
王立最強騎士女学園の理事長でもあったトーコは知っている。
その言い伝えには、もう一つのバリエーションがあることを。
『魔物は白ければ白いほど、
その二つの条件の頂点に立つ魔物の姿が脳裏に浮かんで。
トーコが冗談でしょと言わんばかりに、ぶるりと身体を震わせた。
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