第88話 全員まとめて指一本でぷちっと潰せるんだぞって事実

 トーコさんが捕虜の皆さんを見たいというので、城の地下へと案内した。


 こういう貴族のお城には大抵、犯罪者を収容したり拷問したりするための地下牢がある。

 もともと辺境伯の居城だけあって、この城の牢屋は王城にも負けないくらい広いけれど、それでも今は満員御礼だ。

 なにしろ捕虜にした敵国の司令官たちが、ぎゅうぎゅうに押し込められているので。

 いきなりの敵国女王の登場に、トーコさんを見た捕虜たちは口々にわめき出したけれど、先頭で案内役をしていたメイドのカナデが一言。


「うるさい」


 それだけで、一瞬で静まりかえった。


「……ねえスズハ兄。これってどういうこと?」

「えーっと、ウチのメイドは優秀なので牢屋番も兼任してるんですけどね」

「それは優秀とか関係ないような……?」

「それでぼくも後から知ったんですけど、最初の頃に捕虜たちが一斉に蜂起したらしいんです。それをカナデが一人で──」

「ぼこぼこにした」


 ふんすとドヤ顔で胸を張るカナデ。

 まあぼこぼこにしたというのは、さすがに言葉のアヤだと思うけど。


「ぼくが聞いた話だと、ある夜、カナデはたった一人で数百人の反逆捕虜を相手に戦って、一人残らずぶちのめしたそうですよ」

「えっへん」

「しかもどうやら、相当えっぐい痛めつけ方をしたらしくて」


 実際、普通に考えてメイドさんが数百人の兵士を一人でボコれるはずもないだろう。

 ユズリハさんじゃないんだから。

 だから大げさだとは思うんだけど、カナデがそう言い張るんだから仕方ない。


「へえ。スズハ兄、えぐい痛めつけ方ってどんな?」

「カナデ曰く、相手の心をバキバキに折りまくり、二度と抵抗する気を起こさせないようプライドを根元から粉砕したらしいですよ」


 どうしたのか聞いても「メイドのひみつ」とやらで教えてくれなかったけど。

 だからカナデが具体的になにをどうしたかは不明だけれど、分かっていることが一つ。


 ──それは翌朝、見回りの兵士が発見したときには、捕虜のむくつけき男どもが一人残らず、尻を守るように両手を当てて、怯えた子犬のようにガタガタ震えていたということである。

 しかも全裸で。


「大事な人質ですし、荒っぽいことはしないようにと言ってありますけど、一斉蜂起して脱走しようとしたら仕方ないかなって。ねえカナデ?」

「──殺されないだけマシ」

「だよねえ」


 だからこの件に関してぼくは、苦笑しつつもカナデを褒めたわけだけど。

 ボクの話を聞いて、トーコさんは何事か閃いたようだった。


「ちょっと待った。それって、使えるかも」

「どういうことですか?」

「捕虜の顔を見てるとさ、ウエンタス公国の有力な貴族の当主とか次期当主とかがかなりいるんだよね。だからこいつらに徹底的にトラウマを植え付けちゃって、ウチの国に絶対逆らえないように、魂の奥底から調教しちゃえば……!」

「えっ」

「だいたいメイドにできたことが、スズハ兄にできないはずないし……そうだよ、スズハ兄がどれだけとんでもなく強くて、その気になれば全員まとめて指一本でぷちっと潰せるんだぞって事実を、連中が泣き叫ぶまで魂にとことん叩き込めば……!?」

「あの、トーコさん……?」

「それいい……! このメンツならウエンタス公国の貴族社会に十分すぎる影響力があるし、上手くいったら内部分裂まで期待できる……!」


 トーコさんが何事かぶつぶつ呟いている。

 恐らくだけど、とびっきりの陰謀でも思いついたんだろう。

 だって凄く悪い顔してるし。


「ねえスズハ兄、ちょっとお願いがあるんだけど!」

「なんですか?」


 聞くとトーコさんが少し考えて、


「今日から調印式で捕虜が返還されるまでの期間なんだけど、それまで毎日捕虜の前で、スズハ兄たちの訓練を見せつけて欲しいんだよ」

「……はい?」

「スズハ兄ならどうせ、スズハやユズリハたちと訓練やってるんでしょ? それを毎日、捕虜たち全員に余すところなく見せつけて欲しいんだ。マッサージとかはいらないから、戦ってるところだけ大迫力でね!」

「それは別に良いですけど……?」

「あとはそうだね、デモンストレーションも入れてくれるといいかも。ユズリハのパンチ一発で大岩が爆砕したりとか、スズハの回し蹴りで大熊が空の向こうに吹き飛んだりとか。そうすれば、そんなバケモノ相手に無双するスズハ兄の強さもより際立つでしょ!」

「……えっと、分かりました……?」


 トーコさんの意図は分からないものの、一応はスズハとユズリハさんに聞いてみると、二人ともめっちゃ喰い気味で承諾してきた。

 二人とも単純に、書類仕事をせずに訓練ができる口実ができたのが嬉しかったみたい。


 というわけで。

 その日から調印式までの間、ぼくたちは捕虜たちの前で訓練することになる。

 なぜか捕虜のみなさんの顔色は、日に日に青ざめていったけれど。

 ユズリハさんやスズハがとても楽しそうだったので、気にしないことにした。

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