第129話 こんよく

 公爵本邸から三日掛けて、ぼくたちは険しい山中の温泉に到着した。


「ここはとんでもない秘境にあるが、泉質は最高だし歴史も一番古いんだ」


 ユズリハさんがそう自慢するだけあって、まるで湖がそのまま温泉になったようだった。

 広さも最高だし、源泉から温泉が常に溢れ出ているから水質も綺麗。

 いわゆる源泉掛け流しというやつだ。

 険しい山の上にあるので、見下ろす景色も最高。

 お湯が真っ白に染まっているのが、いかにも温泉という感じでテンションが上がる。


「じゃあみんな、お先にどうぞ。ぼくは後で入るから」


 ぼくだけ男なのでそう言うと、なぜかみんなが不思議そうな顔をして。


「兄さんはなにを言ってるんですか? この温泉にはわたしたち以外は誰もいないですし、一緒に入ればいいですよね?」

「いやいや!? 混浴温泉じゃあるまいし!」

「キミ、そもそもここの温泉は混浴だぞ? そこに札も立っているだろう」

「ほんとだ……男女混浴、水着着用って書いてある……」

「まあわたしたち以外は誰もいないですし、裸でいいと思いますが」

「絶対ダメだよ!?」


 スズハは兄妹、カナデはメイド、うにゅ子は幼女と強弁したとしても、ユズリハさんは絶対ダメである。

 だって公爵令嬢だから。

 なんとか言ってください、という意図でユズリハさんに目線を向けると。


「そ、そうか……いや、戦場で死闘を共にした戦士には男女など関係がないというし……ならばわたしがスズハくんの兄上と混浴することは、むしろ必然ということか……!?」

「いや否定してくださいよ!?」


 最終的には、ぼくの強硬な主張により水着着用ということに決まった。

 みんななんだか不満そうだった。得心がいかない。


 ****


「──まあ念のためだな、こんなこともあろうかと水着は用意している。もちろん全員分あるぞ」


 というユズリハさんの言葉で、女性陣はお着替えタイム。

 ぼくは男なのですぐ着替え終えて、みんなを待っている。

 先に温泉に入るのも悪いしね。


 やがてみんなが着替え終えて、岩の影から出てきた。


「に、兄さん。どうでしょうか──?」


 そう言って最初に出てきたスズハの水着は、なんというか……すごく際どかった。

 青いビキニなのはいい。スズハの髪と同じ色。

 それにスズハの体型だと、ワンピースはサイズが厳しいと聞いたことがある。

 スズハの細身ながら鍛えられた肢体がよく映えるデザインだとも思う。

 だけどなんだか──


「えっと……似合ってるけど、布面積が少なすぎないかな……?」

「や、やりました! 兄さんに似合ってるって言われました!」

「いやそこじゃなくてね……?」

「まあそう言ってくれるなキミ」


 苦笑しながら出てきたのは、こちらは白のビキニのユズリハさん。

 ただしこちらも、やたらと布面積が少ないんですが?

 次いで出てきたカナデ、黒のビキニ。こちらも同じ。

 ……最後のうにゅ子だけ寸胴型のワンピースなのは、触れて良いのか悪いのか。


「スズハくんの兄上たちが魔獣討伐に行っている間、公爵家御用達のデザイナーを呼んで水着を発注したんだ。その時にデザイナーが燃え上がってしまって」

「はあ」

「優秀な女性なんだが、暴走するのが玉に瑕でな……公爵令嬢のわたしの前で叫ぶんだよ。『こんな肉体に神とサキュバスが宿りまくったにもほどがある、空前絶後の、超絶怒濤のセクシーボディーを限界まで見せないとか、全人類への冒涜なんですよおぉぉ!』ってな。それでこうなった」

「えええ……?」

「わたしもキミにしか見せないなら別にいいかなって……いっ、いやあの今のはそういう意味じゃなく!」


 ユズリハさんのそういう意味が、どんな意味なのかは分からなかったけれど。

 ぼくが似合ってると褒めたら、みんな凄く喜んでくれたので。

 これもいいのかなって、そう思った。


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