第130話 兄さんの膝の上は妹に与えられた特権なので
「はふぅ……温泉は癒やされますね……」
ちゃぽん、と白濁温泉に浸かりながら、スズハが至福の声を漏らす。
なぜかぼくの膝の上で。
「な、なあスズハくん? そろそろ変わらないか?」
「だめです。兄さんの膝の上は妹に与えられた特権なので」
「……ていうかスズハはなんで、入るなりぼくの膝の上に乗ってきたのかなあ?」
「わたしたち兄妹は、昔からそうだったじゃないですか」
そりゃずっと昔、スズハがまだ今のカナデよりも小さいころの話で。
その時に入っていたお風呂が小さかったから二人並んで入れずに、仕方ないのでぼくがスズハを抱きかかえて入っていただけの話だ。
「なっ!? キミは妹とハレンチな真似を……!」
「そんなわけないですよねえ!?」
「ハレンチでないというならば、わたしのことも膝の上に乗せて証明すべきだ」
「それこそハレンチじゃないですか!」
アホな会話をするぼくたちの前を、カナデが背泳ぎで横切っていく。
子供のころって、広いお風呂を見ると泳ぎたくなるよね。
わかりみが深い。
胸元がドンと浮いたカナデの背泳ぎを見ている限り、ぜんぜん子供っぽさはないけれど。
うにゅ子はイカ腹を丸出しにして温泉に浮かんでいる。
気持ちよさそう。
「あとは近くに旅館でもあれば完璧だったんだけどね……」
「一番近い人里で五十キロは離れてるから無理だろう。それに──」
「わたしは兄さんの手料理の方が嬉しいので問題なしです!」
「わ、わたしがそのセリフ言おうと思って準備してたんだが!?」
……まさかぼくに料理させるために、こんな辺境の温泉を選んだわけじゃないよね?
そんなこんなで温泉にゆっくりと浸かっていると、ユズリハさんがここの温泉についていろいろ教えてくれた。
効能とか歴史とか。
「この温泉にはな、深い歴史があるんだ。我が公爵家とも因縁が深い。だからこそキミと、どうしても一緒に来たかったんだ」
「ユズリハさん、兄さんの手料理を食べさせる策略じゃなかったんですね」
「もちろんそれもあるが──い、いや、そんなことはどうでもよくてだな!」
やっぱりあったんかい。
「こほん。──もう千年以上も前のことだ。後にサクラギ公爵家の初代当主となる戦士が、サクラギの大地に巣くう邪悪な大蛇の討伐を依頼されてな」
「へえ」
「邪蛇はとてつもなく強く、倒すことなど到底不可能だった。なのでご先祖様は、当時は辛うじて生き残っていたエルフに助力を求めたうえで、数ヶ月に及ぶ死闘の末になんとかこの霊山に邪蛇を縛り付け封印した」
「ほうほう」
「すると、その場所に温泉が湧き出たという伝説だ。なのでこの温泉の下には、今もなおその邪蛇が眠っているという──」
その伝説によるとこの白濁液、邪蛇のエキスということになるのだろうか。
なんか嫌だなあ……なんてことはさすがに言わずに。
「素敵な話ですね。サクラギ公爵家の長い歴史を感じさせます」
「うむ。そうだろうそうだろう」
「…………」
スズハよ、これが世間で敵を作らない処世術なのだ。多分。
なので兄をジト目で見るんじゃありません。
「そういうことなら、ぼくも協力しましょうか。カナデ、オリハルコン出してくれる?」
「はい」
向こうを背泳ぎしていたはずのカナデがぼくのすぐ横の水面からにゅっと顔を出すと、胸元に手を突っ込んでオリハルコンを出した。
もうツッコまないぞ?
「ささやかながら、ぼくも封印のお手伝いをしようかと。ほいっと」
ぼくが投げたオリハルコンの塊は、温泉の中央に落ちて沈んでいった。
「なるほど。オリハルコンには破魔の効果があるという、だから奉納してくれたんだな。ありがとう」
「とんでもないです」
それからゆっくり温泉に浸かっていると。
突然、地面が大きく揺れた。
温泉からぶくぶくと大量の泡が湧き出す。
そして地面が温泉を中心にひび割れて──!
──────────────────────────────
ところで文庫の3巻の方には水着イラストがカラー+モノクロで掲載されておりますので、
絵が見たい! でも文庫未読! という方はぜひこちらもよろしくです!(ダイマ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます