第131話 負けると分かっていても戦わなければいけない戦い

 そこに現れたのは、全長数十メートルもある──巨大な蛇だった。


「伝説は本当だったんだな……」


 ユズリハさんが呆然と呟く。その横でスズハが顔をしかめて、


「つまりわたしたちは、あの蛇から染み出た白濁液を」

「スズハ。それ以上いけない」


 というかそれどころじゃない。

 伝説によれば、英雄であった初代サクラギ公爵がこの大蛇を封印するために、数ヶ月も要したというのだから。


 正直、ちんけな魔獣狩りくらいしかできないぼくになんとかできるとは思えない。でもここで逃げたなら、この大蛇は以前と同じように、サクラギ公爵領の領民たちを地獄へと突き落とすだろう──それはいけない!


「ユズリハさん!」

「ああキミ! やってやろうじゃないか!」


 そしてぼくたちは、邪蛇へと立ち向かった──!


 ……と思ったら、邪蛇の頭にジャブを一発当てただけで、頭が弾け飛んで終了した。


 どうやら封印されている間、滅茶苦茶弱くなっていたみたいだ。

 見かけ倒しもいい加減にしていただきたい。


 *


 邪蛇を倒した後にすることといえば、当然お食事タイムである。

 蛇の肉は鶏肉に近い。

 つまり魔獣である邪蛇の肉は、とんでもなく美味しい鶏肉みたいなもので。


「お、美味しいです、兄さん!」

「噂には聞いていたが、魔獣の肉がこれほどまでに美味いとは……いやまて、そうするとキミたちはわたしが書類に埋もれている間、こんな美味いものを食べていたのか……?」

「ご主人様の食べるものを毒味するのはメイドの仕事。つまりカナデはご主人様のために、このお肉を食べまくれるということ──!」

「うにゅー!」


 ──まあ、そんなこんなで。

 あれだけあった邪蛇の肉は、ものの一時間で綺麗に食べ尽くされてしまった。

 さすがに食べ過ぎたのか、最後の方はみんなグロッキーになっていたけれど。

 そして。


「えっとみんな、モツ煮ができたけど食べられる?」

「ま、待てキミ。蛇の内臓なんて食べられるのか?」

「普通は食べませんけどね。ただ今回は魔獣の大蛇なので、美味しくいただけるかなと。それでどうします?」


 さすがにパスするかなと思いながら、みんなに聞くと。


「に、兄さんの手料理を前にして、食べないなどとっ……!」

「いいかキミ。女騎士には、負けると分かっていても戦わなければいけない戦いがある。それが今この時だ……!」

「……メイドは決して仕事から逃げたりしない。たとえそれが、どんなに苦しくて大変な道だと分かっていても……!」


 すでにひっくり返ってお昼寝タイムのうにゅ子以外が、ギラついた目を向けてくる。

 なんだかゾンビみたいで正直怖い。


「え、えっと……無理しないでね……?」


 みんなにモツ煮をよそうと、さすがに先ほどまでの暴れ食いはせずゆっくり食べる。


「しかしキミ、このモツ煮も美味いな……先ほどの肉といい、キミが暴れ食いをしないで我慢できるのが不思議だ」

「いえ。本当はぼくも、心ゆくまで食べまくりたいんですけどね。でもそうしちゃうと、万が一別の魔獣が出て襲われたときに困るかなって」

「ふむ、そういうことか……キミは細かい点まで気が回るのだな。大したものだ」


 大げさに感心しているユズリハさんだけど、そういう危機管理って本来は騎士なんかが気にすることのような。別にいいけど。

 ぼくが心の中で、そんなツッコミを入れたとき。


「あっ……なんでしょう、これ?」


 スズハが食べたモツ煮から、こぶし大ほどの水晶玉が出てきた。

 邪蛇の内臓の中で、消化されずに残っていたようだ。


「水晶玉かな? でも割れてるね」

「片割れも出てくるかもしれません。気をつけて食べましょう」


 スズハの予言通り、割れたもう片方はユズリハさんのお椀から出てきた。


「兄さん、なんでしょうかこれ。ただの水晶玉ではないと思いますが……」

「わたしもそう思う。普通の水晶玉なら、仮に呑み込んだとしても魔獣の強力な消化液ですぐに溶かされてしまうだろう」

「なるほど」


 それにきちんと観察すると、割れた水晶玉に強力な魔力の残りが見て取れる。


「ユズリハさんは、これが何だと思います?」

「これは仮の話だが……邪蛇の中にあったということなら、もしかしてその昔ご先祖様が邪蛇を封印したときに使った宝玉かもしらん。とりあえず持ち帰るべきだろう」

「了解です」


 というわけで。

 ぼくたちは割れた水晶玉を持って、サクラギ公爵本邸へと戻ったのだった。


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