第104話 わたしの相棒に敵対した愚か者の末路(ユズリハ視点)
ユズリハの眼下で、大嵐が吹き荒れていた。
それは自然の嵐ではない、人工の大嵐。
けれどだからこそ、自然では決してあり得ない凄まじい勢いのままに、キャランドゥー侯爵軍を地獄のごとく蹂躙していく。
嵐の中心にいるのは、ただ一人の若者。
刀身二十メートルもの大剣を振り回し、物理的な暴力の極地で射程圏内にいる敵兵を問答無用でぶっとばす、まさに理不尽の塊──
「……わたしがやらせておいてこう言うのも何だけれど、スズハくんの兄上は本当にもう戦闘力の権化というかなんというか……チートすぎやしないか?」
「
「いやいやいや。わたしはあんな、常識外れのイカサマ状態に強すぎたことはないぞ?」
「兄さんも自分のこと、きっとそう思ってますよ」
「いやまあ、そう言われると身も蓋もないが……」
それでもやっぱり、自分の
「わたしは絶対無理ですが、ユズリハさんなら凄く頑張ればできるんじゃないですか? わたしは絶対無理ですが」
「わたしにだって絶対無理だ……あれで五分や十分持たせれば良いならまだしもだな、あんな扇風機の羽根みたいな勢いを百万人斃すまで続けられるか」
「ですよねえ。しかもアレ、兄さん手加減してますし」
「……手加減? どこがだ?」
手加減どころか、目一杯回転しまくっているようにしかユズリハには見えない。
なにしろ回転が早すぎて、刀身が見えないのだから。
当然ながらもの凄い竜巻がスズハの兄を中心に巻き起こり、刀身の射程圏外から敵兵が降り注ぐように放っている矢の嵐も、一本残らず失速して中心のスズハの兄に届くことはなかった。
「よく見てください。多分ですけどあの兵士たち、一人も死んでませんよ」
「なんだとっっ!?」
「滅茶苦茶派手に吹っ飛ばされてますからそうは見えませんけど、上空数十メートルまで舞い上がった兵士がべちゃって落下しても、まだ身体がピクピクしてましてから。恐らく全治三ヶ月、ってところでしょうか」
「どうやったらそんなことが可能だと言うんだ!?」
「恐らくですが──兄さんの秘蔵の治癒魔法、アレを刀身に流しているのかと」
「あっ……!」
「普通に考えて、そんなことが出来るとは到底思えないんですが、まあ兄さんですから」
スズハの兄の治癒魔法は、ユズリハもよく知っている。
なにしろ自分は、それで何度も命を助けられたのだ。
その治癒魔法の威力たるや、信じられないほど強力で。
ユズリハの胴体を彷徨える白髪吸血鬼の右腕が貫通したときも、トーコの心臓に短剣が突き刺されたときも、治癒魔法によって即死状態から回復しているのだから。
「そんなこと聞いたこともないが……いや、スズハくんの兄上なら可能なのか……?」
「少なくとも兄さん以外には不可能でしょうね」
真に驚くべきスズハの仮説だが、それ以外に目の前で広げられた光景が説明できない。
ユズリハの目も、確かに確認していた。
派手に吹っ飛ばされた敵兵が、それでも確かに生きているのを。
もう敵兵の半分、五十万ほどが倒されているのにもかかわらず。
明らかに屍体となった敵兵を、一人も見つけられないことを──
そうしてユズリハがあまりに圧倒的すぎる、優しい暴力に呆然としていると。
、いつの間にかスズハとメイドのカナデの姿が消えていた。
「あっ……そうだ、作戦……!」
慌ててユズリハが目をこらすと、キャランドゥー侯爵たちが明らかに浮き足立っていた。
その様子を観察していたユズリハは、逃げ出すのも時間の問題だと判断する。
一人も取り逃さないためには、そろそろ動き出す必要がありそうだった。
「しかしこれが、わたしの相棒に敵対した愚か者の末路ということか──絶対に、ああはなりたくないものだな……」
ユズリハは身体をぶるりと震わせると、足早に自分の任務を遂行するべく走り去った。
****
後に戦闘のあった地名を取って、第一次キャランドゥー平原会戦と呼ばれたその戦いは、戦闘開始より僅か二時間で決着した。
投入兵力はキャランドゥー侯爵軍1,076,500に対して、ローエングリン辺境伯軍は僅かに4。
だがその結果は、ローエングリン辺境伯軍の完全勝利で幕を下ろしたのだった。
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