第67話 そんな暗殺者がいてたまるか(トーコ視点)

「そんなことはいい。今日はなんの話をしに来たのだ?」

「それだよ、ユズリハのせいですっかり忘れてた。──えっと、これは噂なんだけどね」


 トーコが公爵をじっと見つめて、低い声で告げた。


「スズハ兄をターゲットに、凄腕の暗殺者が雇われたって噂がある」

「……なに?」

「まあ意外じゃないっちゃないんだけどさ」

「極めて正統的かつ有効な手段だな。いまが暗殺されたら、我が国は大混乱に陥る」

「最悪はユズリハがもぬけの空になって戦力に全くならずに、他国に攻められて簡単にジ・エンドって感じだよね」

「しかし暗殺など、そうそう上手くいくものでもなかろう」


 何しろスズハの兄は単体でもバケモノのように強い上、すぐ横にはスズハもユズリハもいる。

 どうやって暗殺しろというのだ、と公爵が思うのも当然だった。しかし。


「それがさ、そうでもなさそうなんだよ」

「むっ?」

「あくまで噂だけど、その凄腕の暗殺者ってのが本当にマジ凄腕なんだって。狙った獲物は絶対に逃さないし、一度失敗しても最後には必ず仕留めてきた、そういう暗殺者だって」

「ふむ……」

「でもって、その暗殺者が昔ユズリハを狙って失敗して、今度はそれを阻止したスズハ兄を狙ってるんだって噂もあるわけ」

「……それは……ただの噂、なのだよな……?」

「噂にしちゃやけに具体的だよねえ。それに、なんとなく辻褄も合うし」


 冗談ではない、と公爵の背中にねばっこい汗が滲む。

 もはやここまできたら、スズハの兄と公爵家の運命は一蓮托生。

 万が一にもスズハの兄に死なれたら、公爵家もまた致命的なダメージを受けるだろう。

 少なくとも、ユズリハが使い物にならなくなるのは間違いないだろう。

 そして公爵家も終わる。それはもう文字通りに。


 ──そんな想像をして恐怖する公爵の内心が、トーコには手に取るように分かった。

 なぜならば、公爵家を王家もしくは国家に変えれば、そのまま自分自身に当てはまるのだから。


「その暗殺者の具体的な情報はないのか?」

「あるわけないでしょ。相手は凄腕の暗殺者だよ?」

「まあそうだろうが」

「それでも断片的な噂はあるけどね。──曰く銀髪だとか、ツインテールだとか、妖精みたいに可愛らしい幼女だとか、でも無口だとか」

「……」

「あとは滅茶苦茶巨乳だとか、褐色肌とか、メイド姿だったなんてのもあったかな?」

「……その情報が全部正しいとすれば、その暗殺者は銀髪ツインテール無口褐色ロリ巨乳美少女メイド、ということになるな」

「だねー」

「馬鹿馬鹿しい。なんの情報にもならん。そんな暗殺者がいてたまるか」

「ボク悪くないよ! そんな情報しか集まらないんだよ!」

「王家の情報網を持ってしても、暗殺者の正体は皆目見当がつかない、か……」


 ていうか腕の良い暗殺者の特徴なんて分かるわけがない、とトーコは思う。

 正体を摑ませないからこそ凄腕なのだ。

 公爵も期待して聞いたわけではないだろう。

 そんなことより、暗殺を防ぐことこそが問題なわけで。


「それで? どうするつもりなのだ?」

「まあスズハ兄だし、なんとかしてくれると信じたいかな。ボクたちに出来ることといえば、ユズリハやアマゾネスたちに情報を流すことくらいだけどさ……」

「過剰反応が心配だな」

「そうなんだよ。ユズリハはまだしも、アマゾネスなんかに知らせたら保護の名目でそのままアマゾネスの里に連れて行かれてアマゾネスの王様に就任しかねないだろうし」

「では本人にだけ伝えるか」

「それ位しかできないかなって。……ボクの命を助けてくれた恩人に、その程度しかできないってのはすっごく悔しいんだけど……」

「焦るな、恩を返す機会は必ずやって来る。今はを信じることだ」

「うん……」


 心を落ち着かせるために、用意されていたワインに口を付けるトーコに。


「……これは公爵ではなく、一人の男としての忠告だが」

「なに?」

「お前が初めてを捧げたいなら、早いほうがいいだろう」

「ぶぶ──────っっ!?」

「女王になったのだろう。みっともなく噴き出すな」

「と、と、突然なに言い出すのかなぁ!?」

「他国にすら注目されるほどの男となれば、いつ何があるか分からない。──お前は宰相に殺され掛かったとき、自分が処女だったことを後悔したと言っていただろう?」

「それはっ! ボクがもっと色仕掛けしてれば、色々苦労しなかったかもって!」

「ワシは子供の頃から知っているのだぞ、お前はそういうタマではない」

「なななな、」

「お前は好いた男に操を捧げられなかったこと、それを嘆いていたのだ。お前が自分でどう考えていたとしてもな」

「ば、ばばば、ばかなことゆ─なっ!!!!」


 そう否定するトーコは、生まれて今までで一番真っ赤になっていた。

 そのことが自分でも分かった。

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