第66話 どうにかして友誼を得たいってガチで懇願してるんだよ(トーコ視点)

 トーコを女王にするという目的を果たした後も、サクラギ公爵家での密会は続いていた。

 その日の深夜、トーコが勝手知ったる当主の書斎に入ると、出迎えたのは公爵ただ一人。

 トーコがきょろきょろと室内を見回して、


「あれ、ユズリハはいないのかな?」

「……あのアホ娘がな……」

「なになに、どったの?」


 公爵が沈痛な面持ちで、トーコに一枚の手紙を差し出した。


「どれどれ──『わたしは相棒の背中を護るため、旅に出ます。父様もお達者で』ってなにこれ?」

「あのアホ娘のベッドの上に、この書き置きが残してあった。それ以来音信不通だ」

「これ、間違いなくスズハ兄に付いていったよねえ? ていうか公爵、よくそんな許可したね」

「許可なぞするはずがないだろう!」


 公爵がこめかみを揉みしだきながら、


の側に行くにしても、今は時期が悪すぎる。女王が替わったばかり、粛清は終わったが潜在的な反乱分子は潜んでいる、しかも隣国との戦争状態はいまだ継続中なのだぞ。国家を支える柱となるべき公爵家の直系長姫が、いま王都を離れてどうするか──!」

「まあそう言ってくれるのは、女王のボクとしても嬉しいけどさ」

「アホ娘は何度もあの男に付いていきたいと言ったが、もちろん全て拒否した。それなのに」

「ユズリハにはちゃんと説明したの?」

「当然だ。あまりにもしつこかったから『公爵家の娘としてなすべき事を見誤るな』と一喝したのだぞ。そしたら翌日にこの有様だ──!」

「──ふむ、なるほど。だったら公爵が悪いかもね?」


 思いがけないトーコの言葉に、公爵が眉をつり上げる。


「それはどういうことだ……?」

「考えてもみてよ。今この時点で、ウチの国の貴族みんながしようとしてることって何さ?」

「国家の体制を素早く建て直し、なるべく有利な条件で隣国との戦争を終わらせ和睦を結び、政権を安定させるよう奔走することだろう」

「ぶぶー。全然違うよ」


 トーコが一言で斬り捨てて、


「ていうかそんなの、みんなは貧乏くじ引いた上級貴族の誰かがやればいいと思ってるよ。たとえば女王のボクとかがね」

「むっ……」

「でもって、自分の家と領地を発展させるために、このタイミングで自分が動かなくちゃいけないことがあるわけさ。だから今、貴族連中はどいつもこいつも、自分だけはそれを抜け駆けしてやろうって血眼になってる」

「──なんだそれは?」

「まったく。ここまで言われても気付かないなんて、他の貴族から見たら噴飯ものだからね?」


 やれやれと肩をすくめて、あっさり答えを口にする。


「そんなの決まってるでしょ。だよ」

「……なん、だと……!?」


 虚を突かれたような公爵の表情にトーコが薄く笑って、


「サクラギ公爵家はそりゃスズハ兄とガッチリくっついてるけどさ、他のどの貴族も心の底から、どうにかして友誼を得たいってガチで懇願してるんだよ。当然だよねえ? 新女王の命の恩人で救国の英雄、オーガの異常繁殖から大陸を救って、この国の武力の象徴であるユズリハは完全にメロメロな上に、隣国を実質支配するアマゾネスの覚えもめでたい。それでいてボクとサクラギ公爵家以外のバックがいないっていう、超絶ウルトラ掘り出し物件なんだよ?」

「……だが、ワシの元にを紹介しろという話は来ていないが……」

「いま公爵にスズハ兄を紹介しろって言っても、なんだかんだ後回しにされるに決まってるからねえ? だったら自分で直接スズハ兄に接触した方が早いって判断でしょ。もっともスズハ兄がもう王都にいないことが分かったら、こっちに繋ぎの要請もわんさか来ると思うけどさ?」

「……確かにそうだな……」


 公爵がなるほどという顔で頷いた。


「ワシはユズリハを諭すつもりが、逆に同行の許可を与えていたというわけか」

「ユズリハはそんなこと考えてないと思うけどね? 自分に一番大事なことって言われても『それは相棒の背中を護ることだ!』とか真顔で言いそうだし」

「だが結果としては間違いではなかったようだ。少なくとも今回はな」

「あれ? スズハ兄を逃すかもって不安になった?」

「……念には念を、ということだ」

「まあこっちとしても都合がいいけど。国家安寧のためにもね」

「……なぜ我が娘がと一緒にいることが、国家安寧に繋がるのだ」

「そりゃスズハ兄とその妹だけならともかく、ユズリハも一緒なら馬鹿なことしようとする貴族もいないからね」


 そう言って、トーコがスッと真顔になった。


「ウチの国が今いちばんやっちゃマズいのはさ、スズハ兄に愛想を尽かされることなんだよ」

「…………」

「一見そうは見えないけど、現実問題としてそれはまだ十分ありうる。それでもし貴族どもが馬鹿やった結果、スズハ兄に失望されて国を出て行かれたら、その瞬間ウチの国は終わりだから。その時スズハ兄自身がどういうつもりで、なんと言おうがね」

「…………」

「スズハ兄はこの大陸をオーガから救った英雄だし、ユズリハは絶対向こうに付くし、アマゾネスだって激怒する。どれか一つだってウチの国を潰すのに十分だよ?」

「…………」

「そして、そんな状況を知った近隣諸国は間違いなくウチの国を攻めるに決まってる、それはもう早い者勝ちでね。ボクだってそうするもん」

「…………通達を出した方がいいだろうな。新しいローエングリン辺境伯家への接触について」

「もう準備したよ。まあユズリハが側にいるんなら、スズハ兄に舐めた真似した連中は残らず、元がなんだったか分からないミンチ肉に潰されちゃうだろうけど? ユズリハは怒らせると怖いからねー」


 まるで他人事のように言っているトーコだが、公爵は知っている。

 トーコだって、本気で怒らせた相手は極大魔法で消し飛ばして、肉片どころか骨すら残さないことを。

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