第159話 もの凄く格好良い女騎士学園分校

 うちの辺境伯領の財政について、現状で一番詳しいであろうアヤノさんに相談すると、あっさりとオーケーが出た。


「よろしいかと存じます」

「アヤノさんもそう思う?」

「建設する価値はあるかと」


 歴代のローエングリン辺境伯は、教育に熱心だったとは言い難い。

 領都には大学どころか、まともな学校一つ見当たらないのだ。

 そんな辺境伯領に女騎士養成機関とはいえ自分で学校を建てる。

 しかも自分の妹も通うとなれば、気合いが入るのが当然なわけで。


「そうするとアヤノさん、建設予定地はどうしよう?」

「難しいですね。普通の学校ならばともかく、軍事学校となれば広大な敷地が必要です。ですが現状、領都中心部に纏まった土地を確保することは困難ですし……」

「ならさ、あの山の上なんてどうかな?」


 窓から見える山を指して言った。

 ローエングリン城は切り立った崖の上に建っていて、窓の外には深い峡谷の向こう側に禿山がいくつも見える。

 その中で一番城に近くて一番険しい禿山の山頂に、ぽつんとある建物。

 そこはかつて修道院だった場所で、現在は使われず無人となっているとのことだった。

 なにしろ不便すぎるからね。

 世間とは隔絶した場所に修道院を、って理由であんな険しい山頂に建ったらしいけど、さすがにやり過ぎじゃないかとぼくなんかは思う。


 まあそれはそれとして。

 ぼくが、その使われない元修道院を女騎士学園にしたい理由はたった一つ。

 あんな四方八方が断崖絶壁の山頂に、女騎士学園があったなら。


「なんだかこう……もの凄く格好良いと思うんだよね」

「そこですか……?」

「ダメかな?」


 ぼくが聞くと、アヤノさんが呆れ顔をしつつも考えることしばし。


「……意外にアリかも知れませんね」

「本当に!?」


 まさかアヤノさんから褒められるとは思わず聞き返す。


「はい。もはや土地不足となった領都の邪魔にもなりませんし、それにあそこの建物は、修道院として使われていた時に魔法で頑丈に保護していたようです。ですので整備すれば、十分使用に耐えるでしょう」

「そんなことまで調べてたの?」

「さすがにローエングリン城の目と鼻の先にありますからね……とはいえ普通に使うには面倒すぎるので、今まで放置していましたが」


 なにしろどこから見ても断崖絶壁の山頂なので、普通の人が行き来するにはゴンドラで使うしかない。

 そんな一般的には不便すぎる建物だれど、女騎士学園なら問題ないはずだ。

 だって女騎士学園の生徒なら、千メートルの断崖絶壁を登るなんて楽勝なはずだからね。


「ということは、アヤノさんの目から見ても悪くなさそう?」

「ですね。よろしいかと存じます」

「それならあそこに決めちゃおう。……そういえばアヤノさん、オリハルコンの貯蔵庫も建てる必要があるって言ってたよね? それも併設しちゃおうか」

「──なるほど。たしかに堅牢かつ盗まれにくい保管場所として考えたなら、あの山頂の建物はベストかも知れませんね。了解しました」


 そんな話をしていると。

 アヤノさんに書類を持ってきた青年官僚が、会話に首を突っ込んできた。


「面白そうな話題ですね。わたしも混ぜていただけませんか?」

「もちろんです」


 彼はサクラギ公爵家から来てくれた官僚たちの取り纏め役で、以前にはサクラギ本邸の家宰補佐をしていたとか。

 ぼくも含めて、みんなからは補佐さんなんて呼ばれている。


「補佐さんなら聞かれているかも知れませんが、トーコ女王の提案があって、辺境伯領に女騎士学園の分校を建てることになりまして」

「ええ。もちろんサクラギ公爵家としても全面的に支持しますよ」

「助かります」


 トーコさんとサクラギ公爵は仲が良いから心配してなかったけれど、もしも公爵家から反対されたら困っていたところだ。


「──ところで閣下。サクラギ公爵家として、一つ提案がありまして」

「なんでしょう?」

「辺境伯の運営する最強騎士女学園には、上級課程を設置しませんか? つまりは従来の女騎士学園を卒業したり、現役の女騎士を受け入れる制度のことですが」

「なるほど」


 そういう課程を作ることで、王都の女騎士学園と差別化を図るのはアリかもしれない。さすがサクラギ公爵家の補佐さんは優秀だ。

 なんて考えていたら、アヤノさんは別のことに思い至ったようで。


「ユズリハさんですか?」

「やはり分かりますか」


 補佐さんが頭を掻いて、


「ユズリハお嬢様は王立最強騎士女学園を卒業されて、学生の身分では無くなりました。なので本来は公爵家に戻って、次期公爵を継承するための準備に入るのが慣例なのです。なんといってもお嬢様は直系長姫ですから」

「そうなんですか」


 それは知らなかった。

 ユズリハさん、自分の立場の話って基本的にしないんだよなあ。


「ですがお嬢様は慣例を無視し、卒業後も領地に戻らずに、王都のサクラギ公爵の仕事も手伝わず軍士官になるわけでもなく、辺境に住み着いているように見えてしまっています。もしアヤノ殿なら、この状況はどう思われますか?」

「大変正しい判断ですね」

「ほう」

「大陸情勢を俯瞰すれば、ローエングリン辺境伯に近づくことは公爵家の慣例より遙かに重要で、サクラギ現公爵を立派に補佐していると言えるでしょう。……それ以前に公爵がそういう認識をしていなければ、とっくにユズリハさんの首に紐を付けて、自分の領地に連れ帰っているはずですが」

「その通り。さすがですね、アヤノ殿は」

「貴族として当然の判断かと思いますが」

「同感です。ですがお恥ずかしながら、そんなことすらまるで分からないアホ分家筋が、我が公爵家には多く存在するんですよ」

「……お気持ちお察しします」

「とはいえよその貴族から攻撃される要素も、少ない方がいい」

「だからユズリハさんを学生身分に据え置くため、上級課程を置くわけですか」

「そうしていただけると大変助かるわけです」


 二人の話は高度に政治的で、ぼくにはよく理解できなかったけれど。

 そうすることでユズリハさんの役に立つのなら、ぼくが拒否する理由などまるで無い。


 というわけで──

 辺境伯領に造られる女騎士学園分校には、王都の女騎士学園には存在しない上級課程も設置されることになったのだった。


 ****


 それから後は建設関係に強いサクラギ公爵家の官僚さんたちが集まって、ああだこうだ激論を交わしながら問題点をしらみつぶしにやっつけた結果。

 わずか数日後には、発注から完成までの詳細な計画ができあがっていた。

 さすがはアヤノさんと公爵家の官僚さんである。頭が上がらないよ。

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