15章 辺境伯領の女騎士学園分校

第158話 出席日数が足りないわけよ

 吸血鬼との決着もついて、エルフさんたちの移住や後始末もなんとか終わり、ようやく人心地ついた初秋のある日。

 久しぶりにローエングリン城へ来た女王のトーコさんが、応接間でお茶請けに出された名産の芋羊羹いもようかんをぱくつきながら、こんなことを言ってきた。


「あのさ、スズハのことなんだけど」

「はい?」

「はっきり言うと、退学のピンチなの」

「退学……?」

「ど、どどど、どういうことですか!?」


 妹のスズハが悲鳴を上げた。まさに寝耳に水といった慌てぶり。

 ぼくも兄として、詳しくお話を伺いたいところだ。


「それがさー、ちょっと厄介な話なんだけどね」


 トーコさんが、芋羊羹の最後の一つを口の中に放り込むと。


「順を追って話していくとね。じつは今、王都の最強騎士女学園って、軍旧主流派どもの巣窟なんだよ」

「……はい?」


 軍旧主流派というのは、ぼくも覚えがあった。

 ぼくたちをたった四人でオーガの樹海に向かわせたり、ウエンタス公国へ勝ち目の無い侵略戦争を仕掛けた、アレな連中のことである。


 横に座っているユズリハさんが眉を顰めて、


「待てトーコ。あいつらは皆、わたしが粛清したはずだぞ?」

「大半はそうだけど。けれど中には当時、不正や汚職をしたって証拠が出なかったヤツもごく少数だけどいたからね? そいつらまで処刑してないでしょ?」

「まあそれはそうだが……」

「とはいえ軍中枢が総入れ替えになった結果、バカな連中の居場所が無くなったからさ。そいつらが窓際の女騎士学園に流れてったってわけよ」

「……えっとトーコさん、女騎士学園って窓際なんですか?」

「まあねー。ぶっちゃけユズリハのいない女騎士学園なんて、一番の窓際でしょ」

「教育に力を入れないのは、どうかという気もしますけどね……?」

「そりゃそうだけど、軍政とか統合作戦本部みたいな花形と比べちゃうと、どうしてもね。しかも女騎士学園って、いちおうは王立だからさ。名目上は軍の直属機関じゃないのよ。とはいえ王家の裁量なんて、これっぽっちもないけどね!」

「はあ……」


 複雑な事情があるみたいだ。

 聞いたところで藪蛇だから黙っておくけど。


「ですが、それとスズハにどういう関係が?」

「それなんだけど。スズハとユズリハって、スズハ兄と一緒になって王都からこっちまでくっついて来たじゃない?」

「はい」

「つまり出席日数が足りないわけよ。まあボクとしては、実力的には群を抜いてることが分かってるんだし、レポート提出でいいじゃんって処理しといたんだけど……」


 なるほど話が分かってきた。


「その処遇について、文句を言われたと?」

「そういうこと。スズハはもう王都の女騎士学園に戻ってくる見込みなんて無いんだから、とっとと退学させろって。まあ嫌がらせよねー」

「むう……」


 嫌がらせだとしても、それはそれで筋は通っているような。

 そんなぼくの考えを見透かしたトーコさんが、


「言っとくけれどスズハ兄。理屈は通ってるだとか考える必要なんて無いんだからね? 出席できない事情があってレポート提出で卒業した生徒なんて、いくらでもいるんだから。ねえユズリハ?」

「え、そうなんですか?」

「トーコの言うとおりだな。生徒は基本的に貴族の娘ばかりだから、一族の事情で休学やレポート提出での卒業などよくある話だ。──しかしトーコ。そんな横やりを払いのける程度の権力は、女騎士学園の理事長にあるんじゃないか?」

「それがさー。女王になってからいろいろ忙しくて、半年前に理事長は辞めたんだよね。さすがにここまで読めなくて」

「そういうことか」

「まあ今回は無理矢理ねじ込んだんだけどね。そしたらボクはもう理事長辞めたんだから、これからはボクの口出しは越権行為だぞって釘を刺されたってわけ。つまりこのままだとなにかの拍子にあいつらが、また持ち出してくる可能性が高い」


 なるほど。状況はなんとなく分かった。

 つまりスズハが王都に戻らない限り、いつかは退学は免れなさそうだ。

 となればまずは、本人の意思を聞いてみよう。


「ねえ、スズハは──」

「たとえ退学になっても、わたしは絶対に兄さんから離れませんから」

「……でもスズハ、あんなに頑張って入学したのに」

「そもそもわたしは、兄さんの役に立ちたいから女騎士学園に入ったのですから」

「そっか」


 意思確認終了。

 とはいえぼくも辺境伯になっちゃった以上、この領地から離れるのは難しいし──

 どうしたものかと悩んでいると。


「そこでボクから、スズハ兄に提案があるわけよ」

「なんでしょう?」


 にんまり笑ったトーコさんが、こんなことを言ってきたのだ。


「──スズハ兄の領地にさ、女騎士学園の分校を造ってみない?」


 想像もしなかった提案を、ぼくが何度も頭の中で繰り返してから。


「えっと、もう一つ女騎士学園を造るんですか?」

「そう」

「ローエングリン辺境伯領に?」

「そういうこと。でもって、その学校ができたらスズハをさっさと転校させちゃえばさ、軍旧主流派あのクソアホどもも手出しできなくなるってわけよ」


「でもここって、凄い辺境ですよ?」

「それって言い換えれば魔物退治なんかもすぐ出掛けられるし、女騎士を鍛えるって点で好都合でもあるからね。国境も近いから、いざという時に従軍もしやすいし」

「なるほど……?」

「それに王都の女騎士学園に巣くう軍旧主流派あのクソアホどもを苦労して追い出しても、現状のままだとどっか別の部署に根を張るだけだしね。それなら別にまともな学校を建てる方がまだしも苦労が少ないってわけ」

「それ、今いる生徒さん的にはどうなんですか……?」

「あの連中、無能な上に権力争い以外興味ないから実際の教育は講師に任せっきりだし、だから教育内容は昔のまんまなのよね」

「ふむ……」


 そういう話ならアリかなと思う。

 ──それにもともと、ミスリル鉱山で得た利益をどうしようかという話をしていた時に、教育施設を造ろうという話は出ていたのだ。

 ならば。

 辺境伯領に女騎士学園分校を設立するのは、これ一石二鳥なのではないか。


 そして将来的には、辺境伯領を護る女騎士たちを地元で全員養成できるようになる……なんてできれば理想的だろう。


「分かりました。検討しますよ」


 なんて言いつつも、内心かなり乗り気なぼくである。


「うん、よろしくねスズハ兄!」


 そう言って、トーコさんが芋羊羹いもようかんを頬張った結果。

 思い切り喉に詰まらせて「んがぐぐ……!」と呻いたのだった。






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本日10月20日、皆様のおかげをもちまして、

ファンタジア文庫様より4巻が発売となりました。

ということで、この話から4巻の内容になります。

以前と同じく、数日〜一週間に一度のペースで更新していく予定でございます。

お付き合い戴けましたら幸いです。


早く続きが知りたいんじゃー! とか、

エッッッでセンシティブな絵が見たいンゴー! という御仁におかれましては、

是非是非文庫の方をお買い求めいただければ、これ幸いでございます……!

(メロンブックス様では特典SSも限定で付いております)

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