第157話 住んでいいって言ったからな
それからトーコさんは、しばらく頭を抱えていたけれど。
やがて気を取り直したように、頭を何度か振って。
「……まあそれはもういいわよ。なんにしたって、スズハ兄がまたこの大陸を救ったのは間違いないんだから」
「またって?」
「去年の夏の、オーガキングの群れの時」
「ああ、言われてみれば」
「一年ぶり二度目、って感じね。もしくは二年連続?」
なんですかその大会の出場回数みたいな数え方は。
「でもさ、それはいいとしても、エルフが自分たちの里から出てくる理由にはならないよねえ!?」
「ああ、言ってませんでしたっけ」
エルフの長老──どころか里にいたエルフ全員が、スズハとユズリハさんのすぐ後ろに従っている。その数およそ数十人。
理由は簡単。元のエルフの里から全員、お引っ越しとなったからだ。
「エルフって、本来の種族の力を発揮するのにはどうやらオリハルコンが必須らしくて。でもエルフの里では、もう何百年もオリハルコンが枯渇していたんですって」
ぼくが持って行ったオリハルコンも既に無い。
なぜならば、破邪のオリハルコンの剣を作るのに全部使ってしまったうえに、その剣は彷徨える白髪吸血鬼が斃された時に一緒に溶けて無くなったからだ。
きっとオリハルコンの力が、あの悪魔を消滅させる最後の一押しとなったのだろう。
それはそれとして、戦いの後ずっとしょんぼしているエルフの長老の寂しげな背中に、ぼくはさすがに声を掛けた。
だって背中が煤けてたんだもの。
「それで『ウチの領地のオリハルコン鉱脈近くにでも住みます?』って聞いたんですよ」
反応は劇的だった。
そりゃあもう、鬼の首を取ったかのような勢いで食いつかれて。
「……そしたら長老に『言ったからな! 住んでいいって言ったからな!!』って滅茶苦茶迫られまして……」
「当然じゃろう。ウチらにとっては死活問題もいいところじゃ」
「だからって全員連れて来るなんて予想外ですよ」
「ふん。オリハルコンのある土地がこの世界にある以上、元の里になんの意味があろうか。里を移すことに誰一人反対しなかったわい」
「まあ反対する理由もないし、いいんですけどね」
そんな話をしていると、トーコさんがまた頭を抱えていた。なんだろう。
「……あのさスズハ兄」
「なんでしょう」
「庶民だと、あんまりそんなこと無いんだけどさ。この大陸の貴族階級の一部……ううん、半分以上の割合で、エルフ信仰ってのが根付いててね?」
「はい?」
「まあぶっちゃけ、エルフなんて美貌とか魔力とか、人間にとって上位種族も同然だから、生き神様みたいな扱いしてる連中も多いのよ。歴史的にはエルフ狩り時代の後に、反動でそういう潮流が起こったんだけど……そんなエルフが人間の特定の領地に住んだとしたら、一体どうなると思う?」
「さあ?」
「不公平だ、ウチにもエルフを、って要求が絶対に来るわけ」
いやそんなこと言われても。
長老を見るとうんざりとした様子で、
「ワシらはオリハルコンが無い土地になぞ行かんぞ」
「普通に考えればそうだよね? でもエルフがその土地にいるなんて、もうあからさまに権力と魔力を象徴しまくってるから相手も引かないわけよ」
「……戦争の火種になると?」
「普通はねー。でもスズハ兄に戦争ふっかけるパーが、この大陸にいるかは不明だけど」
なるほど、それでようやく分かった。
──それはユズリハさんが、ぼくの領地にエルフが押し寄せると予言したとき。
ぼくが「いいですよ」と言ったら、ユズリハさんがなぜか苦笑して、キミなら大丈夫か的なことを言ってきたのだ。
その時は何を心配しているのか分からなかったけれど、そういうことか。
「まあでもスズハ兄のことだから、止めても聞かないんでしょ?」
「そりゃまあ」
ぼくは望んで、辺境伯になったわけではないけれど。
それでも貴族になったからには、最低限の義務は果たすつもりだ。
「貴族なんて、救いを求める領民を助けるのが仕事でしょう?」
ぼくがそう言うと、目の前のトーコさんが。
横にいたエルフの長老、そしてうにゅ子が。
後ろに控えていたスズハにユズリハ、それにエルフの里の人たちが。
みんな、ぼくらしいと言って笑ったのだった。
-------------------------------------------------------------
3巻分はここまでです、読んでいただきましてありがとうございました!
ちなみに文庫版には可愛くてエッッッな口絵とか、文庫版おまけのエピローグなんかもついております。
また現在、アマゾンで1巻がアンリミテッドに入っているようです。
こちらも、よろしければぜひぜひ!
次回の更新は4巻の発売に合わせて、10月20日前後となる予定です。
引き続きよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます