第189話 船底に穴ができると沈む

 外洋を見渡す海岸の上で。

 小舟の上で刀を振り回すツバキを見届けて、ぼくは額の汗を拭った。


「……間一髪で間に合ったかな?」


 軍船の影に隠れているわ、似たような小舟がわんさかいるわで、ツバキの正確な位置が把握できなかったぼくだけど、大声で助けを呼んでくれたおかげでムラマサ・ブレードを投げ渡すことができた。よかった。

 ツバキなら、愛刀があれば雑兵が何百人いようが問題にしないだろう。

 あれでも立派な女騎士見習いだからね。


「それにしても、ぼくの呼び名はほかになかったのかな……?」


 首を捻っていると、スズハたちが戻ってきた。

 二人とも水着に着替え終わっていて、スズハたちが走ってくるたびに凄く揺れていた。たわわが。


「兄さん、お待たせしました。これ水着です」

「ええ……この海パン、なんかレインボーカラーなんだけど……?」


 我が妹の服飾センスに疑念を抱くぼくである。

 ユズリハさんが擁護して、


「あのなキミ。秋から冬に入ろうという今の時期、海パンなんて売ってるわけないだろう。これを探すのもかなり苦労したんだぞ?」

「……でもスズハもユズリハさんも、バッチリ水着ですよね……?」


 男性用の汎用海パンですら売ってないなら、女性用水着なんて買えないと思うんだけど。

 なにしろサイズを合わせる必要がある。

 しかも二人はどことは言わないが、既製品がなかなか厳しいサイズの持ち主なのだから。どことは言わないけども。


 そんなぼくの疑問を、ユズリハさんが一言で解決した。


「我々の水着は、城を出るときに持ってきたからな!」

「……オフシーズンって自分で言ってましたよね……?」

「もちろんそうだが女騎士たるもの、いざという時の用意はいつも怠りなくしなくては! たとえばキミと急遽冬の海を泳いで、愛の逃避行をすることになった時とか!」


 どうだ偉いだろう、とドヤ顔をかますユズリハさんを取りあえず撫でておく。

 そこまで機転が利くのなら、ぼくの海パンも持ってきてくれても良かったんですよ?

 まあいいけどさ。


「じゃあぼくは向こうで着替えてくるね」


 ぼくが木陰のある方を指してそう言うと、


「いえ兄さん。誰もいませんし、ここで着替えてもいいのでは?」

「そうだぞキミ。パパッとやってしまえ」

「そういうことなら……」


 そう言ってもぼくが海パンを手に取っても、とっくに水着姿のスズハとユズリハさんは、なぜかガッツリとぼくを見たままで。


「えっと、後ろを向いてもらえないかと……?」

「気にしないでください兄さん。わたし、兄さんの全裸なんて昔はよく見てましたから。もう十年も前の話ですが」

「気にするなキミ。相棒であるキミの全裸など、わたしにとって見慣れたものだからな。もちろん妄想での話だが」

「いいから二人とも後ろを向いて!?」


 二人とも結局ぼくをガン見し続けたので、木陰までダッシュして着替えることになった。


 ****


 三人とも水着になったところで、今回の作戦を発表する。


「さて。軍船に限らず、およそ船ならば必ず持っているであろう致命的な弱点があります。スズハにはなんだか分かる?」

「……すみません。まだまだ勉強不足のようです」


 スズハがしょぼんとうなだれた。仕方ない妹だなあ。


「答えはね、船底に穴ができると沈むことだよ」

「分かるはずありませんよね!?」

「まあキミの言うとおり、魔法で浮かんでない限りは沈むだろうな」


 二人もぼくの意見に納得したところで。


「なのでこれから、三人で船底に穴を開けまくろうかと思います」


 ちなみに出発時に水着の指示を忘れてたのは、単純に慌てていたから。

 二人が半分バカンス気分で水着を持ってきていて、本当に助かった。

 するとユズリハさんが難しい顔で、


「しかしキミ。ああいう軍船の船体は、往々にして金属で覆われているんだぞ?」

「その場合、金属ごとぶち抜けばいいのでは?」

「そんなことできるはず……いや、スズハくんの兄上に鍛え上げられた今のわたしなら、ひょっとして可能なのか……?」

「ユズリハさんなら楽勝でしょう」


 ミスリルやオリハルコンならともかく、鉄や鉛ごときでユズリハさんの拳が止まるとはとても思えない。


「ちなみに勢い余って船体を粉砕してもオッケーです」

「それはキミ以外誰もやらないからな!?」


 そうかなあ。そんなことないと思うけど。


「じゃあとりあえず潜ってみましょうか」

「ううむ……納得できないような、革新的な戦法のような……」


 案ずるより産むが易し。

 なにかブツブツ言っているユズリハさんと、スズハを連れて海の中へ。


 沖合まで潜って上を見上げると、何十隻も船が浮かんでいる。

 ユズリハさんの言ったとおり、それらの船底はがっつり鉄で覆われていた。

 目配せで意思疎通しながら、ぼくは一隻の船の底に張り付いて金属板を引っぺがした。

 金属板と一体化した船底はメキメキと音を立てながら、すぐに修復不可能な大穴を穿つ。

 それから沈没船の世界記録を樹立しそうな勢いでズンドコ沈んでいく船を見届けたあと、海面に顔を出して一言。


「まあこんな感じで」

「できるかんなもの!?」

「ユズリハさんなら楽勝ですよ、それにスズハも。開ける穴は応急処置が難しいくらいの大きさならば別にいいですし」

「ていうか兄さん、周りの軍船のざわつきが凄いですね……?」

「そりゃあ仲間の船が一隻、何の前触れもなく沈んだからね。外洋の魔獣が現れたとでも思ってるんじゃないかな。ねえユズリハさん?」

「……ああそうだな……実体もそんなところだし……」

「じゃあ残りの船もちゃっちゃと沈めましょう。ただしツバキが暴れてる船があったら、それは後回しでいいかと」

「分かりました、兄さん」

「わたしも了解だ」

「じゃあ二人とも、そういうことで」


 その後、三人で頑張った結果。

 異大陸の軍船は、旗艦の一隻を残して沈没して。

 大艦隊が満載してきた食料や弾薬などは、みんな海の藻屑と消えたのだった。


 ****


 ──そんなわけで。

 東の異大陸の、統一国家による襲来は。

 こちら側に一人の犠牲者を出すこともなく、完全決着したのだった。

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