第190話 一生掛けてでも、おぬしの強敵手になってみせる
ぼくとスズハとユズリハさんは、海辺で膝を抱えて座っていた。
視界の先には、水平線の向こうに夕日が沈んでいって。
その手前には、沈んだ軍船に乗っていたもの凄い数の武士が海面に浮かんでいた。
「終わったねえ……」
「終わりましたね、兄さん……」
「……本当に終わったのか? なんか納得いかないんだが……」
なぜかユズリハさんが首を捻っている。
ぼくが声を掛けようとしたら、その前にスズハが聞いた。
「ユズリハさん、どうしたんです?」
「いや……あまりに一方的すぎる勝利なので、どうにも気持ちがな……」
「そんなの当然じゃないですか。だって兄さんですよ?」
「それはそうなんだが……なんか今回は敵を殴り飛ばしてないから、あんまり戦った気にならないというか、実感が湧かないというか……」
「そう言われればそうかもです」
スズハも納得しているが、ちょっと待って欲しい。
なんにせよ、直接の殴り合いなんて無いほうがいいんだからね?
軍船に穴を開けて勝てるなら、別にそれでいいじゃないか。
そういう意味では、敵と殴り合ってたのはツバキだけど──
「あ、兄さん。焼きもろこしの匂いがしますね」
「……屋台?」
「戦いの見物人目当ての屋台だろうな。よし、三人で買いに行くか!」
「ああ、ぼくは遠慮します」
「では兄さんの分も買ってきますね! さあユズリハさん、行きましょう!」
「え、それならわたしも残り……まてスズハくん、行くから引っ張らないでくれ!」
スズハとユズリハさんが街の中へと消えていった。
賑やかな場所はちょっと遠慮したい気分だったので、スズハの配慮はありがたかった。
そのままぼけっと大海原を眺めていると。
「……刀?」
水面に浮かんだ刀が、こちらに流されてきていた。
でも流されてるにしては速いなとか、そもそも刀は水に浮かぶんだろうかと考えるうち波打ち際まで来て正体が判明した。
頭頂部に刀をくくりつけたツバキが、ここまで泳いで来たのだった。
できるだけ刀を濡らさないためなのだろう。たぶん。
「やあ、ツバキ。おかえり」
「……ただいまなのだ」
水着を用意していたスズハたちと違って、ツバキはあられもない格好で。
トレードマークの紋付羽織袴はズタボロで見る影もなく、胸元を押さえつけるサラシと袴の下に穿いたパンツがほとんど丸見え状態だった。
「取りあえず向こう見てるから、海水を絞りなよ」
「分かったのだ」
「そうだ、屋台かどこかで着るもの買ってくるよ。だからここで待って──」
「別にいいのだ。……それよりも、おぬしに一緒にいてほしいのだ」
そう言われると弱い。
それに女性ものの服や下着はぼくが買いに行くよりも、スズハたちが帰ってからの方が助かるしね。
「……向こうの軍はどうなったの?」
「天帝は観念して切腹したのだ。拙が介錯したのだ」
「そっか」
「なので、次の天帝はあの阿呆が引き継ぐのだ」
「……それってもしかして、ツバキがいつか『三流のヘタレ間者』って言ってた人?」
「そうなのだ」
ツバキは愛刀を置いて消える前、阿呆の尻拭いをすると言っていた。
その阿呆とやらが、次の天帝になるということは。
少なくとも、ツバキの目的は無事果たしたということだろう。
「なんにせよ、ツバキが無事でよかったよ」
ぼくが心からそう言うと、なぜかツバキにジト目で睨まれて。
「……おぬし、もう少し加減というモノを知らないのだ?」
「え? どゆこと?」
「どゆこと、じゃないのだ! 拙たちが戦ってたらいきなりドカーンって轟音が響いて、そしたら軍船が沈みはじめてみんな滅茶苦茶ビビってたのだ!」
「ぼくの不意打ち作戦は成功したみたいだね」
「不意打ちどころの騒ぎじゃないのだ! 大砲も見えないし魔獣も魔導師もいないのに、丈夫な軍船が次々にドンドコ沈んでいくとか滅茶苦茶ホラーなのだ! あまりに怖すぎてみんな盛大にちびったのだ!」
「まあまあ。そうやって脅かしつける高度な頭脳作戦が今回のキモで──」
「史上最大に力業なのだ! まったく、派手すぎるにもほどがあるのだ……」
そしてツバキがなぜか遠い目で、
「……天帝までたどり着いたとき、ヤツはもう髪の毛が真っ白になっていたのだ。拙らがなにか言う前に、もう切腹の覚悟を決めていたのだ。つまり天帝を切腹させた張本人は、ぶっちゃけおぬしなのだ」
「気のせいだよ」
「そんなわけないのだ!?」
ツバキの言葉を受け流しつつ、ぼくは見たこともない天帝の評価を内心でアップさせた。
人を殺してもいいヤツは、殺される覚悟のあるヤツだけ。
そんな言葉がある。
それはもちろん戯言だけど、それでもぼくは負けた責任を取って自決するような人間を、それほど嫌いになれないのだった。
たとえそれが、自分の領地に戦争を仕掛けてきた張本人だとしても──
「……おぬしがいなければ、拙は……」
「うん?」
潔く散った異大陸の王に思いを馳せていると、ツバキがぼくの袖をくいと引っ張る。
言いたい事がある、けれど言いにくい。そんな感じに見える。
夕日に照らされたツバキが、なぜか照れくさそうに袖を持ったまま下を向いていたけど、やがて顔を上げるとぼくを見つめて、
「おぬしには、命を救われたのだ」
「ぼくは刀を返しただけだよ」
「その返すタイミングが絶妙すぎるのだ。その上、妖刀は敵を斬って血を吸えば吸うほど拙の精気も吸い上げるはずなのに、今回は斬れば斬るほど拙が元気になったのだ。絶対におぬしの治癒魔法のせいなのだ」
つまりぼくの注いだ魔力のせいで、敵を斬った時の効果が反転したということか。
「へえ。そんな副作用があるなんてね」
「……今までの妖刀だったら、間違いなく途中で力尽きてたのだ。だから……」
「ツバキが完璧なタイミングで助けを呼んだから、だね」
重なった偶然を、ぼくのおかげと言うのはたやすい。
けれど戦場で、仲間が命を助け合うなんて当然のことで。
たまたまぼくが命を助けたとしても、それを重く感じてほしくなくて。
だからぼくは、敢えて軽い口調で言った。
さもそれが当然のことのように。
ツバキは最初ぽかんとしていたけれど、やがて納得がいったように相好を崩した。
「──まったく、おぬしには敵わないのだ」
「そう?」
「いつもは左遷されて草むしりばかりしてるくせに、拙が一番ピンチの時に颯爽と現れて、命を助けてもそれが当然という顔でまるで恩に着せようとしない……おぬしはズルいのだ。普段とのギャップが激しすぎて、滅茶苦茶カッコよく見えてしまうのだ」
「ぼくが普段からカッコイイという説は?」
「絶対にありえないのだ」
断言された。
……そんな力強く否定せんでも。
「でもさ、仲間を助けるのは当然だから」
「まったく、スズハやユズリハが羨ましくって仕方ないのだ……でも拙は、おぬしたちの仲間にはならないと決めたのだ」
「そうなの?」
「なぜなら拙は……一生掛けてでも、おぬしの
ツバキが真っ直ぐにぼくを見る。
その瞳には、力強い意思が篭められていて。
だからぼくは、その言葉がこれ以上なく本気なのだと分かった。
「そっか。ならぼくもツバキも、もっと強くならないとね」
「精進するのだ……ところでおぬし、ちょっとかがんで欲しいのだ」
「なに?」
言われるままに腰をかがめる。すると、
「んっ……」
いきなり頬にキスされた。
「……えっと、ツバキ?」
「……恥ずかしいけど仕方ないのだ。この大陸では、命を救われたなら接吻で返すのだ。世間の常識なのだ……」
「どこで聞いたのさそれ!?」
「
「そんなことあるわけないよねえ!?」
「……えっと、その……拙のファーストキスだったのだ……?」
もじもじしながらツバキが上目遣いで眺めてくるが、それどころじゃない。
──ああ、なんということでしょう。
もはや虚構のレベルにまで滅茶苦茶に盛られまくった自分の英雄譚が、巡り巡った結果一人の少女のファーストキスに影響してしまったことに。
ぼくはしばらくの間、なんともいえない罪悪感を憶えることになるのだった。
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