第191話 異大陸の領地まで手に入れたみたいです

 東の統一国家との講和条約調印式は、ローエングリン城で行われた。


 面倒だし王都でやってくれないかなと思ったぼくだけど、ぼくたちが船を沈めまくった港町は今のところローエングリン辺境伯領であること、それに王都では距離が遠すぎると言われれば断れる道理もない。

 パーティーはあるけれど屋外で凱旋パレードみたいなのは無くしたということなので、まあ仕方ないかと思う。


 ****


 調印式に出席した次の天帝に話を聞いて、さすがに驚いた。

 なんでもその男性は前の天帝の実弟で、なんとぼくの辺境伯領の領都でバーテンダーをしていたのだとか。


「今だから言えますが、同郷の武士には三流ヘタレ間者だなんて呼ばれてましたね。あと阿呆とか」

「それくらいならいいじゃないですか。ぼくなんか学校の生徒に、左遷草むしり男なんて呼ばれてましたし」

「……」

「……」

「……ひょっとして、まさか左遷の人ですか!?」


 よくよく話を伺ってみると。

 この実弟さん、ツバキからよくぼくの話を聞いていたらしい。

 その人間が実は辺境伯だったので、滅茶苦茶ビックリしたのだとか。

 そういえばツバキには、ぼくが辺境伯だってまだ言ってなかったような。


「──まあ、それでいろいろと腑に落ちました」

「というと?」

「ツバキが足下にも及ばないような強者が、ゴロゴロしてるはずがないってことですよ。まったくアイツも人騒がせな……」


 そうかなあ? 結構いくらでもいる気もするけど。

 とはいえぼくも、そんな指摘をする気は無い。

 だって大人だもの。


「なにはともあれ、今回は本当に助かりましたよ。多大なるご迷惑こそおかけしましたが辺境伯のおかげで人的被害は最小限、愚兄が責任を取るだけで済みました」

「ツバキが妖刀を持っていけば、もっと楽に決着が付いたんでしょうが」

「いえ、その場合は愚兄に逃げられていたという気もしますから──どちらかというと、ツバキには辺境伯殿のことをちゃんと紹介してくれなかった恨みはあります」

「あはは……」

「せっかくなので、このことはツバキには黙っておきましょう。その方が面白そうです。それに──」

「それに?」

「いつ気がつくか、興味が湧きませんか?」


 バーテンさんがそう言ったので、ぼくも今後も黙っておくことにした。

 東の異大陸には愉快な人が多そうだ。


 ****


 調印式がつつがなく終わり、パーティーが始まるまでの時間。

 ぼくがトイレ帰りの廊下を一人で歩いていると、柱の陰からにゅっと腕が出た。


 誰かと思ったら、そこには最近見慣れた姿。


「ツバキ?」


 何事かと思って立ち止まるとツバキがぼくに最敬礼して。


「今回は、おぬしのおかげで命が助かったのだ。本当に感謝してるのだ」

「いいよそんなこと。パーティーに出席するの?」

「うんにゃ。拙は堅苦しいのは苦手だから、おぬしと話し終わったらドロンするのだ」

「う、羨ましい……ぼくも抜け出したい……」

「おぬしも、カッコイイ服を着ていると見違えるのだ。とても左遷男とは思えないのだ。馬子にも衣装なのだ」


 そう言ってツバキが笑った。

 ぼくもそう思うよ。

 まさかこれが辺境伯の正装だとは、夢にも思ってないんだろうな。


「まあ今回は、みんな無事で本当に良かったよ」

「……本当は、死にに行ったつもりだったのだ」

「ツバキ?」

「だから愛刀をおぬしに返したし、武士道とは死ぬことと見つけたし、そう思ってたのだ。でも死にそうになった時、おぬしのことが頭に浮かんだのだ」

「……」

「初めて死にたくないって思ったのだ。今まで戦場でどれだけ斬り合っても、そんなこと一度も思ったことなかったのだ。でも今回は違ったのだ」

「……」

「……おぬしに負けたままで死ぬなんて、絶対に嫌だって……」

「……そこだけ聞くと、ぼくは滅茶苦茶恨まれてるみたいなんだけど?」

「そんなことない、おぬしはいいやつなのだ。それは拙が保証するのだ。でもそのことと、拙がいつか勝つことは別問題なのだ」

「そっか」

「話はそれだけなのだ。あとムラマサ・ブレードを返しに来たのだ」

「いいよ、ツバキが預かってて」

「しかし──」

「その代わり一つだけ約束、どんな時でもその刀を手放さないでね。とくに今回みたいな、命がけの時には絶対」

「……承知したのだ。なにがあろうと絶対に守るのだ」

「よろしく」


 本当なら、ここでぼくが辺境伯だなんてネタばらししたら面白そうだけど。

 でもバーテンさんとの約束もあるし、今回のところは止めておこう。


「じゃあぼく、そろそろ行くから」

「うむ。ではさらばなのだ」


 そう言って立ち去るツバキの背中は、なんだかいつもより格好良く見えた。


 ****


 パーティー会場に向かうと、すっかり準備が整っていた。

 トーコさんやバーテンさんに続いて、ぼくも挨拶を求められたので、いつも通り適当に二人をベタ褒めすることにする。


 とはいえ、今回のパーティーは出席者が少なくて大いに助かった。

 なにしろ開催がいきなり決まった上に場所が辺境伯領とあって、ほとんどの貴族たちが出席できなかったのだ。

 その分の穴埋めを東の大陸のお偉いさんやこの街の有力者たちがしてたりするけれど、こちらはまだずっと気楽で。

 というわけで、今回くらいは料理をずっと食べてようかなとか考えていると。


「スズハ兄」


 トーコさんが近寄ってきて、満面の笑みを浮かべる。


「トーコさんは、異大陸の人と交流した方がいいのでは……?」

「そんなの後でいくらでもするもん。実務協議は終わってないしね」

「そうでした」

「ていうかさ、ボクはふと気づいちゃったんだよね──スズハ兄が、また新たなる覇業を成し遂げたって!」

「はい……?」


 本気で意味が分からない。


「んふふー。分かる?」

「いえさっぱり」


 相手しないといつまでも絡んでそうな雰囲気なので、しぶしぶ答えた。

 するとトーコさんはニヤリと笑って、


「つまりね。それは」

「それは──?」


 するとトーコさんが限界まで息を溜めてから、


「スズハ兄は、今までも大陸の脅威からみんなを救ってきたけれど、ついに大陸外からの脅威からみんなを救ったんだよ! いやー、スズハ兄の英雄っぷりってば留まるところを知らないね!」


 ……いや、そんなこと言われても。


「それって、たまたま相手が異大陸の人だっただけじゃ……?」

「だとしてもそんなの、この大陸の歴史上で初だよ! 異大陸から侵攻を受けて、それを見事に撃退したなんてさ!」

「それはそうかも知れませんけど……」

「しかもその異大陸からの侵攻だってさ! スズハ兄がいなかったら、そもそも最初から起こらなかったんだから!」

「人聞きがとても悪い!?」


 そこはせめて、ぼくのせいじゃなくオリハルコンのせいと言ってほしい。


「いやホント、ただの偶然ですから。なにも影響ないですから」

「ふふーん。すぐにスズハ兄、そんなこと言ってられなくなるよ?」

「どういう意味ですか……」


 そのトーコさんのニヤニヤ笑いの意味が分かったのは、そのすぐ後のことだった。


 パーティーも中盤に入り、ふたたび壇上に登ったバーテンさんは。

 トーコさんと協議した結果、一つの報償を出すことに至ったと発表した。


「今回の両国の講和に際して、著しく貢献したローエングリン辺境伯の功績に報いたい。だから──」


 その後、とんでもないことを言った。


「東の大陸で初めて、異大陸出身の武将に任命し、領地を与えることにする──!」


 その直後、大歓声が巻き起こるパーティー会場で。

 ぼくはいつまでも、一人ぽかんと口を開けていたのだった。



 ──わけも分からないまま辺境伯領に指名されて、一年と少し。

 どうやらぼくは、異大陸の領地まで手に入れたみたいです──!?






-----------------------------------------------------------------------------------------

4巻分はここまでとなります。

こんな終わり方をしてますが、ツバキはちゃっかり女騎士学園分校に残るとゆう。

(文庫版にはこの後にエピローグが足されております)


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました!

次の更新は文庫5巻の発売後になるかと思います。

よろしくお願いいたします!


★お知らせ★

コミックス1巻が、2/28に発売されました!

専門店(ゲーマーズ、とらのあな、COMICZIN、アニメイト、メロンブックス)様では先着順で特典がつくようです。

乳がでかくてえちちちちちちなので、大変オススメです!


また、文庫5巻が3/19に発売されます!

こちらも是非是非、よろしくお願いいたします!

いっぱい売れれば6巻も出ますよ、きっと……!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る