19章 温泉とダンジョン
第192話 実家に帰らせていただく
ある寒い冬の日。
城の自室にいたぼくが、コタツでミカンを食べながら夕食は何にしようか考えていると、公爵令嬢にして女騎士であるユズリハさんがやって来た。
そのまま流れるようにコタツの向かいに座って一言。
「──近々、実家に帰らせていただくつもりだ」
「そうですか。お世話になりました、お気を付けて」
「そこは少しくらい引き留めてもいいんじゃないか!?」
んなこと言われましても。
ユズリハさん家の事情も知らないぼくが、勝手に引き留められるはずもない。
むしろ今まで辺境伯領にいてくれたことの方が不思議なのだ。
けれどまあ、このままだと拗ねそうな雰囲気なのでお話を伺う。
「サクラギ公爵領で何かあるんですか?」
「うん。次期公爵家当主のわたしが成人する儀式があるんだ」
「おめでたい話じゃないですか」
事情を聞いたら、余計に引き留めるわけにいかなくなった。
「そういうことなら、公爵領でゆっくりしてください」
「……なんとかキミと一緒に行けないか頑張ってみたんだが、こればっかりは難しくてな。なにしろサクラギ公爵家の次期当主成人の秘祭に参加できるのは、直系血族以外となると次期当主の伴侶だけなんだ。キミはわたしの相棒だから、伴侶同然として認めさせようと何度も交渉したんだが──」
「しなくていいですよそんなこと!?」
なんということでしょう。
ぼくが知らない間に、公爵家秘祭の特別ゲストになりかけてたよ。
しかし成人するのに謎の儀式が行われるなんて、さすが由緒正しい公爵家だと感心する。
ぼくみたいな庶民は身内でお祝いするのがせいぜいだからね。
「それで、いつ出発するんですか?」
「明日だ」
「そりゃまた急ですね」
「本来ならとっくに出立している時期だからな。準備が終わったらすぐ帰ってくるさ」
「せっかくですからゆっくりしてくれば──」
「すぐに帰ってくる。いいな」
ユズリハさんがぼくを見据えて力強く断言する。
きっと女騎士学園で鍛錬するために、一日も早く戻ってきたいのだろう。
さすがユズリハさん。名実ともに国一番の女騎士である。
そういうことなら、ぼくにできることは一つ。
「じゃあ今日の晩ごはんは、ユズリハさんの好物で豪勢にいきますか」
「わあぃ」
──ということで、その日の晩ごはんはユズリハさんのリクエストで肉尽くしとなった。
とんかつ、チキンカツ、ビーフカツ。
ポークソテーにチキンソテー、ローストビーフ。
それら肉という肉が卓上に所狭しと並び、極めつけにユズリハさんだけ白米の代わりにカツ丼大盛りが用意されるという、まさに肉の祭典。
ユズリハさんはもちろん、妹のスズハやメイドのカナデにも大好評だった。
「兄さん、今日はいったい何のお祭りなのですか……!?」
「ユズリハさんが公爵領に戻るから、お別れパーティーだよ」
「にく、うまー……! ユズリハはまいにち公爵家にもどるべき。それくらいうまし」
まあみんな、育ち盛りの体育会系女子だからね
そしてユズリハさんは、なんだか難しい顔をして。
「むっ……毎日戻れば、毎日この肉ざんまい祭りが……?」
「そんなわけありませんよね!?」
まあなんにせよ、喜んでくれてよかった。
そうしてユズリハさんは翌日の朝、見送るぼくらを何度も振り返りながら、公爵領へと帰っていったのだった。
****
さて。
ぼくは身も心も庶民だけど、それでも現在不本意ながら、ローエングリン辺境伯なんて肩書きもあるわけで。
それにユズリハさん個人も、公爵令嬢とかの身分的なアレはともかくとして、ぼく的にとても親しい友人だと認識している。
つまり公的にも私的にも、お祝いを贈りたいと考えるのが当然で。
けれど元が庶民のぼくは、貴族の贈り物なんてものには全くもって詳しくない。
なので知ってそうな人に聞くことにした。
執務室で書類を捌きまくる、有能官僚アヤノさんならば知っているに違いないと睨んで、さっそく事情を説明すると。
「一般的な贈答品でしたら、こちらで準備して贈っておきますが」
「うん、それもよろしく。でもそういうのとは別に、なにかこう感謝を伝えたいというか。なにしろユズリハさんには滅茶苦茶お世話になってるからね」
「そうですか……」
アヤノさんが、目立たないけど整った眉を寄せて考えることしばし。
「普通ならば財宝や魔道具、あとは美術品などといったところが一般的ですが。とはいえサクラギ公爵家には、その類の品物は山のように贈られていると思いますよ?」
「そうだろうねえ」
なんたって、我が国貴族の最上位たる公爵家の次期当主にして大陸最強女騎士でもあるユズリハさんの成人の儀式だ。
多くの貴族は少しでも覚えをめでたくしようと、こぞって高価な品を贈るに違いない。
それが貴族というものだろう。たぶん。
「閣下が美的センスに自信をお持ちでしたら、閣下自ら美術品を選んで贈るということもアリだと思いますが?」
「それは止めておくよ」
「承知しました」
庶民出身のぼくにそんなセンスを期待されても困る。
それにサクラギ公爵邸を訪れたときに見た邸内では、目利きを重ねて選び抜かれことがぼくですら一目で分かる調度品のみが使われていた。
そんな美に囲まれて暮らしている相手に、美術品を贈る度胸なんてあるはずもない。
「うーん……」
「それにそもそもですがユズリハ嬢やサクラギ公爵は、閣下に対して贈り物のセンスなど最初から期待していないと思いますけどね? ……もっとも、別の方面の期待は極限まで重いでしょうが」
「……そうなの?」
「自覚が無ければ気にしなくて結構です。それもまた閣下の魅力ですので」
なぜかアヤノさんに呆れ顔で褒められた。
まあそれはともかく。
「庶民だと、贈り物って実用品贈っておけば間違いないんだけどね。あと消え物」
「消え物、ですか?」
「そう、タオルとかサラダ油とかさ。そういうのなら他人と贈り物が被っても困らないし、絶対に使うし、使えば無くなるから邪魔にならないし」
「それは庶民というより閣下の嗜好なのでは……?」
「そうかなあ」
少なくともぼくの周囲はそうだったんだけど。
「でも貴族だと、食べ物なんかを贈るとか無いだろうし……」
「貴族の贈答品でもありますよ。食べ物」
「ええっ! 貴族もサラダ油贈るの!?」
ぼくが驚いて聞き返すと、さすがにアヤノさんが苦笑して。
「いえ、サラダ油は贈りませんが。それより高級食材とかですね。閣下も以前、聖教国の大司教から山のようなカニが贈られてきたでしょう?」
「ああ……そんなことあったね……」
もの凄く美味しいはずなのに、贈ってきた政治的背景が気になったせいであんまり味がしなかったやつだ。
「それに儀礼的な贈答品以外に食材を贈るというのは、いかにも閣下らしくてよいのでは。ユズリハ嬢も閣下の手料理を毎日美味しそうに召し上がっていますし。むしろその食材で、閣下の手料理を作って差し上げればなお喜ぶでしょうね」
「……そんなのお祝いにならないと思うけど?」
なにしろぼくは、プロの料理人でもなんでもないのだ。
けれどアヤノさんはきっぱり否定して、
「そんなことはありませんよ。狩猟好きの領主が自ら獲ってきたキジやシカなどを捌いて招待客に振る舞うというのは、親しい間柄のパーティーではよくあるおもてなしですし。それと同じと思えば」
「ふむ……」
「一般的な贈り物は別にするわけですから、あまり大げさにする必要もないかと。それに閣下が新米辺境伯であることは、相手もよく知っているわけですし」
「なるほど?」
「それに閣下は、サクラギ公爵からお身内同然の扱いをすると宣言されていますからね。一般的な贈答品とは別に、身内ならではのお祝いをするというのも悪くないと思います。少なくとも悪印象にはならないでしょう」
アヤノさんの意見はもっともだ。
それに言われてみれば、料理を贈るというのはぼくらしくて良いかもしれない。
お金や美的センスが影響されないのもいい。
──というわけで。
ぼくは自分で食材を獲ってきて、ユズリハさんにお祝いの料理を作ろうと決めた。
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