第193話 でもお高いんでしょう?
では具体的に、どんな獲物を狙いに行くか。
アヤノさんや城内にいる人の意見を聞いてみると、シカだのクマだのキジだのと色々な意見が出たけれど、どうにもピンと来ない。
なんというか、貴族的な料理の名前がいっぱい出てくるのだ。
なんかこう、ドレスを着た貴族令嬢たちがオホホと笑いながら少しずつ口にするような、そういう料理名。
トリュフとかキャビアとかビシソワーズとか。
でもぼくのイメージのユズリハさんは、庶民的なご飯でも美味しそうに食べる人なのだ。
フィレよりバラ肉、コンソメよりトンコツ。
やっぱりユズリハさんは、食の好みとしては公爵令嬢より女騎士寄りだと思うんだよね。
少なくともぼくが見てきた限りでは。
女騎士のことは女騎士に聞くべし。
ということで、女騎士学園の分校に行く。
すると中庭に、スズハとツバキの姿を見つけた。
妹のスズハは、ユズリハさんに負けず劣らずのフードファイター。意地汚いだけかも。
そしてツバキは東の異大陸の出身だから、こちらでは聞いたことない食材も知っていそう。
さっそく話を聞くことにする。
「スズハ、何してるの?」
「兄さん。──今はツバキさんの、新しい必殺技を見ていたところです」
「ふうん」
「ですが、何度見ても技の細かい部分がよく分からなくて」
「そういう時は一度、自分で受けてみるといいよ」
他人の技を横から見ること、そして正面から受け止めること。
その二つが合わさると、より技に対しての理解が深まると思う。
「はい。ですが、それが難しくて……」
なぜだろうとツバキを見ると、メロンより大きい胸を張って答えた。
「新必殺技は超デンジャラスなのだ。具体的には手元が狂って寸止め失敗するかもなのだ。そしたらスズハが首スパーなのだ」
「それはダメだねえ」
ツバキの胸を押さえつけるサラシが、ギチギチと今にも千切れそうになっていることが気になりつつも相づちを打つと。
「ちょうどいいので、おぬしに相手をお願いしたいのだ」
「……ぼく? なんで?」
「おぬしが相手なら、拙が手加減失敗しても平気なのだ。ていうか最初から手加減なんて必要ないのだ」
「そうかもしれないけどさ……?」
だからと言って、首を狙われるのは嬉しくないわけで。
ぼくは戦闘狂でも特殊性癖の持ち主でもないのだ。
けれどスズハは、そんな兄とは別意見のようで。
「なるほど! 兄さんが相手なら、全力で首を
「なんならスズハと二対一で襲っても問題無いのだ。そうするのだ?」
「やりましょう、ぜひ! 二人で兄さんを倒して、ご褒美を貰うんです!」
話がヘンな方向へと行くのを慌てて止めようと、
「あのね、ぼくは二人に聞きたいことがあって来たんだけど……?」
「そんなの後でいくらでも聞いてやるのだ。それとも怖いのだ?」
いやそういう問題じゃないと答える前にスズハが、
「そんなわけありません! わたしの兄さんは、世界一素敵でカッコよくて最強です! なのでツバキさんなんか、ぺぺぺいっと倒しちゃいます!」
「あのね、二人とも……?」
「いくのだ、スズハ!」
「はい、ツバキさん!」
──結局その後、日が暮れるまで二人の模擬戦に付き合わされた。
ぼくはただ、女騎士の好きな食べ物が聞きたかっただけなのに。
もちろん二人ともボコボコに指導した。
愛の鞭というやつだ。
そして最後は衝撃が重なったことでツバキのサラシがブチッと切れて、豊満すぎる胸がまろびでたところで終了となった。
結局、二人から女騎士の好物について聞くことはできなかった。
****
夜になって城に戻るとトーコさんがいた。
「あれ? トーコさん、どうしたんですか?」
トーコさんはこの国の女王で、いつも遠く離れた王城で忙しそうにしている。
事前連絡も無しに来るような人じゃないんだけれど。
ぼくの問いに、トーコさんは少し困ったような表情を浮かべて。
「それがこの前さー、ボクってば王城で倒れちゃって」
「えっ!?」
「医者には過労だって診断されたんだけど。そしたら、サクラギ公爵がこう言うわけよ。スズハ兄と温泉旅行でも行って、疲れを癒やしてこいって」
「それはいいんですけど、なぜそこにぼくの名前が……?」
「だってスズハ兄、ユズリハやスズハたちと温泉行ったらしいじゃん。そのことをボクが公爵に恨みがましく擦り続けてたからじゃないかな?」
「そうなんですか……?」
言われてみれば、そんなこともあったような。
「あの時は、疲れ切っていたユズリハさんの慰労もあったので……」
「今のボクは途轍もなく疲れてるよ? なのにスズハ兄は、ユズリハとは温泉に行ってもボクとは行けないって言うのかな?」
「いちおう、ぼくにも仕事があるんですが……?」
まあ貴族にとって、女王の接待は最優先の仕事という気もするけれど。
「ふうん? ちなみにスズハ兄の最近の仕事って?」
「それはユズリハさんの好物を……そうだ、教えて欲しいことがあるんですが」
「なによ?」
ユズリハさんとトーコさんは間違いなく一番の親友同士。
ならばユズリハさんの好物は、トーコさんに聞くのが一番手っ取り早い。
ぼくは事情を話してトーコさんに助力を求めることにした。
「──というわけで、どんな食材がいいか考えてるんですが」
「ふうん……スズハ兄にしてはいいとこ突いてるじゃない」
「へ?」
「ユズリハを特別な手料理でお祝い、ってところ。それってば、スズハ兄ができる中でも最高のおもてなしじゃない? 絶対に感激すると思う」
「そ、そうですか?」
「まあこれをスズハ兄以外がやったら、ユズリハがブチ切れること大確定だけど!」
「それって褒められてますかね……?」
「もっちろん! ユズリハの胃袋も何もかも掴んでるってことだからね!」
ぼくとしてはユズリハさんの何かを掴んだ覚えはないけれど、それはさておき。
「それで、どんな食材がいいと思います?」
「んー。ユズリハなら、スズハ兄の作った料理ならなんでも食べると思うけど?」
「ぼくもユズリハさんが好き嫌いしてるところは見たことないんですよね……」
「強いて言えば肉じゃない? 脂身たっぷりの強烈な、もう肉って感じの肉」
「ですかね……」
「スズハ兄が仕留めた獲物の肉で、カツ丼でも作ってあげれば?」
「まあカツ丼かどうかはともかく、ぼくもその方向は考えたんですけど」
なにしろ、自分の手に入れられる中で最高級……かどうかはともかく、一番美味しいとぼくが思うお肉を出してあげたい。
ユズリハさんにはお世話になってるしね。
そして、ぼくが知る限り一番美味しいのは魔獣のお肉。
それはもう滅茶苦茶美味しい。もうぶっちぎりに美味しい。
あの味を知ってしまったら、もうそれ以外でお祝いなんて考えられない! ってくらい、もはや次元が違うのだ。
……なんだけど、一つ重大な欠点があって。
「本当は魔獣のお肉を使った焼き肉とかステーキとか出したいんですけど、どうやっても不可能ですからね」
「なんで?」
「だって魔獣のお肉って、保存ができませんから。まさかユズリハさんに、料理のために旅に出ましょうとも言えませんし」
するとトーコさんは、そういうことかとポンと手を打って。
「ダンジョンの魔獣なら、保存できるよ?」
「えええっ!?」
「そこらにいる魔獣と違って、ダンジョンの魔物は魔力が充満したなかで生活するからね、魔力が抜けて腐るまでが長いのよ。まあその分、ダンジョンの魔物はそこらの魔物よりも格段に強いから、普通は敬遠するんだけど──」
「大丈夫でしょう。ニワトリが倍強くなっても所詮はニワトリ、それと同じです」
「──まあスズハ兄ならそう言うわよね」
その時、天井の一部分がぱかりと開き。
「はなしは聞かせてもらった」
「カナデ?」
「まーかせて」
そう言って、銀髪ツインテール無口褐色ロリ巨乳美少女メイドであるところのカナデが天井の穴から三回転半捻りを決めながら、ぼくたちの前に降り立った。
手に持ってるのは……旅館のパンフレット?
「ご主人さま、おんせんとダンジョンは一心同体」
「そうなの?」
ダンジョンの熱が温泉を暖めるとか、そういう効果でもあるんだろうか。
まあそこら辺は深く追求しなくてもいいけど。
「いいおへや。おいしいしょくじ。ろてんぶろ。たっきゅうだい」
「でもお高いんでしょう?」
「だいじょうぶ。ここまでつけて、なんと
「えええええ! 本当に!?」
「もちのろん。なぜならそこに、すぽんさー」
カナデがばっちり指さす先には、当然のようにトーコさんが。
ていうか自国の女王様を指さしちゃいけません。
けれどトーコさんは、無礼なメイドの振る舞いを怒ることなくニコニコ顔で。
「うん、それいいかも。ボクは湯治してる間に、スズハ兄は近くのダンジョンで魔獣討伐。一石二鳥じゃない!」
「でもお高いんでしょう……?」
「女王が泊まる旅館が高級じゃないのも困るからね。それにボクが一緒なら、必要経費でスズハ兄の分も出すけど。どうよ?」
「いや、でも悪いですし……」
「そんなことないって。そうだ、せっかくダンジョン行くなら実地訓練ってコトにして、女騎士学園分校の希望者も一緒に連れてこうよ。ねえスズハ兄、こんなチャンスは滅多にないと思うけど? だってタダだし」
「う、うーん……」
ぼくは抵抗した。すごく頑張って抵抗した。
そしてあっさり敗北した。
だってタダで高級温泉旅館なのだ。そんなの負けるに決まってるよね。
****
というわけで、ぼくとトーコさんたちの温泉ダンジョン湯けむりの旅が大決定した。
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