第223話 エルフの勇者
宴会の翌日、空になった酒樽の数を見てちょっと唖然とした。
なぜドワーフよりも大きい樽が、ドワーフの人数よりも多く空になっているのか?
伝説や神話に登場するドワーフの酒飲み伝説は嘘じゃなかったと実感する。
「たいしたものですね……」
「そう? まあそれほどでもないけどねー」
いつの間にか横にいた長老が、自慢げに豊満な胸を張った。
なぜいつの世も、なぜ酒飲みは自分の酒量を自慢げに語るのか。謎だ。
まあドワーフにとってはステータス、とか言われたらそうなんだろうけど。
「……それに昔と比べて、酒もずいぶん薄くなったしね」
「へっ?」
「酒を醸す力が、昔と比べて随分弱くなっちゃったんだよ」
「そうなんですか……」
「いろいろと試してみたんだけど全然成果は出なくてさ。ドワーフの本業は鍛冶だから、どうすれば酒が良くなるか、結局のところよく分からないんだよ」
昨夜聞いたところによると、ドワーフの集落がこんなダンジョンの奥深くにある理由も鍛冶のためらしい。
このダンジョン、なんとオリハルコンの鉱脈があるんだと。
だからといってダンジョン内で採掘どころか住み着いて鍛冶まで全部やってしまうのは、さすがはドワーフというべきか。
「お酒を良くする方法ですか……」
「うん。ウチの年寄り連中は、昔と比べて酒精も弱くて味も薄まったーって嘆いてるよ。実際ボクもそう思うし」
どうでもいいけど、このドワーフの長老ってばボクっ娘なんだよね。
ますますトーコさんの幼少期説が高まる。
とはいえこの長老、ドワーフで鍛冶の腕が一番良いから、若くして長老になったとか。
トーコさんに鍛冶はできないからね。
「でもどうすれば酒が良くなるのか、検討もつかなくて」
「たしかに」
「いっそのこと、酒に治癒魔法でも掛けてやろうかとも思ったけどねー」
……ああ、なるほど。
考え方としては、酒になる部分のナニカが元気がないから醸される酒も弱いってことか。
だから治癒魔法で、そのナニカが元気になれば酒も強くなると。
考え方としてはアリじゃなかろーか?
「じゃあそれ、試しにやってみます?」
「……なんぞ?」
不思議そうな顔の長老に、ぼくの考えを説明する。
ついでにぼくが、限定的ながら治癒魔法を掛けられることも。
「まあ細かい制御が出来ないんで、人間相手だとほぼ役立たずなんですけどね」
「それでも魔力の多さには自信がある、か……」
「ですね」
「なるほどね、じゃあ試しに一度やってみようか。ダメでもともとだし」
そして連れて行かれたのは、とてつもなく巨大な酒の貯蔵庫。
壁面いっぱいに酒樽が並ぶのはまだしも、それがどこまであるのか目視できないほどに続いているのは、壮観を通り越してなんかこうアレ。
なんというか、ダメ人間の約束の地みたいな感がある。
「この端にある樽でやってみて」
「了解です」
なにしろ一つ一つが、人間の身体より大きい酒樽である。
この大きさなら魔力のコントロールなど不要だろう。
ということで、思いっきり治癒魔法をぶちかましてみる。
「──っ──!」
実を言うと、ぼくが飲食物に治癒魔法を掛けるのは二度目だ。
過去にも一度、食べ物に治癒魔法を掛けてみたことがある。
もっともその時は大失敗に終わったのだけれど。
その時の食材は、ゾンビ化が進んで食べられなくなったコカトリス。
ゾンビ化したのが戻らないかなと治癒魔法を掛けたら逆で、一気に腐敗が進んでしまい大変なことになったんだよね。
もちろん食べられなかった。
でも今回は、なんかイイ感じになりそうな……?
「おおおっ!?」
酒樽に入った酒から、沸騰したみたいに泡がボコボコと出る。
それと同時に、ツンと強い酒精の匂いが漂ってきて。
「──うおおおおっ!?」
長老が辛抱たまらんとばかりに、樽の中に頭から突っ込んで──
「ううう、美味いっ! 美味いぞォォォォォォ──!!」
酒樽の中心で美味いを叫ぶドワーフ少女が、爆誕した瞬間だった。
****
……もうね、それから凄く大変だった。
なにしろ毎日、朝から晩まで治癒魔法をかけ続けたのだ。樽に。
それもドワーフのみんなが全員ニッコニコなもんだから、止めていいですかとも言えず。
夜になって魔力が尽きてぶっ倒れ、朝になるとまた酒樽が待っている生活が何日も続いた。
ていうか夢にまで出てきてうなされた。
そして数日後。
最後の樽に治癒魔法を掛けた直後に気を失って、そのまま爆睡すること一日半。
目を覚ますと、枕元に神妙な顔をした長老が立っていた。
「ありがとう、エルフの勇者」
「……はい?」
まさかそのエルフの勇者とやらが、ぼくのこととは思わないわけで。
そういえばドワーフのみんなが、ぼくらをエルフだと勘違いしたままだと気づいたのはしばらく経ってからのことだった。
あと勇者ってなにさ。
そして気づいた頃には、長老のドワーフ語りが始まっていた。
「ボクたちが地獄の門を護る剣の打ち手として、このダンジョンにやって来たのは──」
「はあ」
邪魔をするのも申し訳ないので、適当な相づちを打ちながらお話を伺う。
すると意外なことに衝撃の事実が。
──なんと、このダンジョンの最奥部には、地獄へと繋がる門があるのだという。
その地獄とは死後の世界というより、強力な悪魔がひしめいている魔境のことらしい。
言うなれば魔界だろうか。
その地獄の門は放っておくとやがて門が解き放たれて、世界に悪魔が溢れてしまう。
そのため、ハイエルフとドワーフが協力して、千年に一度、地獄の門を閉じ直すことになっているのだとか。しかし。
およそ二千年ほど前、一人のハイエルフが門を閉じに行き──帰ってこなかった。
何があったか、正確なところは分からない。
けれど、ドワーフの伝承として、こう言い伝えられている。
そのハイエルフは、恐るべき吸血鬼の亡霊と戦い、敗れ──乗っ取られたのだと。
「…………」
「……うにゅー……」
うにゅ子はぼくの横で、腹を出したまま幸せそうに眠っていた。
けれど、今の話が本当ならば。
うにゅ子が吸血鬼になっていた理由が、まさにそれなんじゃないかな……?
「ボクたちはもう諦めてたんだよ。いつの日か、この大陸は悪魔で溢れて、それを止める
長老の演説は続く。
つまり、うにゅ子が闇落ちして新たなエルフが来なくなってからおよそ二千年が経過、その上ドワーフの大好きなお酒も最近では出涸らしみたいに薄まって、どうにもならない袋小路状態だったと。
そこに現れたのが、ぼくらことユズリハさん魔獣食材調査団。
最初は普通のエルフだと思って歓待していたが、ぼくが治癒魔法で酒精を活性化させた段階でティンと来て、それから数日間ぶっ続けで酒樽の山に治癒魔法を掛け通したことで、ドワーフのみんなはこう確信したという。
この魔力の多さ、ひょっとして伝説のハイエルフじゃね……? と。
もちろんそれは完全に間違いだけれど、久々の濃ゆいお酒を浴びるように呑みまくったドワーフさんたちの勢いは留まるところを知らず。
最終的にぼくたちを、世界を救うエルフの勇者として大認定してしまったらしい。
「……えーと……」
話を聞き終えたぼくは、きっと凄く複雑な顔をしていたと思う。
なんというか、もうね。
訂正したい。今すぐに訂正したい。
でも訂正したいんだけど、もの凄く訂正しづらいんだよ。
なにしろ基本的な部分は全部間違ってるのに、細かいところはちょいちょい合ってる。
例えば、うにゅ子はエルフの勇者だと言えなくもない。
ただし本人も周りの人間も、誰一人として知らなかったという点を除けばだけど。
そもそもぼくたちは、ハイエルフしか知らない美味しい魔物の出る裏ダンジョンとして、このダンジョンを紹介されたわけだ。
まさかうにゅ子の妹が、ぼくたちを騙したとも思えない。
……するとアレか。
ドワーフに残っている地獄の門の伝承は、エルフの間ではとっくに失われていて。
そこにたまたま来たぼくが、世界を救うエルフの勇者に認定された……ってコト!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます