第222話 ドワーフの集落

 ダンジョンを降りていくと、それまでとは違う階層に出た。


 その階層は、まず他と違って迷路状になっておらず、フロアがまるごと一つの大部屋になっている構造で、天井までの高さも数十メートルほどもあった。

 次にその階層には、魔獣の姿がまるで見えない。


 そして最後に。

 その村には小さな集落があって、石造りの建物が並んでいて煙突からは煙も立ち上っていた。


「そういえばカナデは、地底人がいるって噂があるとか言ってたけど……」

「本当に地底人なんているんでしょうか、兄さん?」

「どうだろうね」


 行ってみれば分かるの精神で集落を訪ねると、地底人疑惑はすぐに解決した。

 なぜならば。

 建物から出てきたのは、人間よりも背が低く、豊かな口髭を蓄えて屈強な体躯。


「ドワーフさん……ですか?」

「そうだ」


 マジですか。

 ドワーフと言えば、エルフと並んで神話だの伝説だのにしか登場しない種族で。

 まさかこの目で、お目にかかれる日が来るとは。

 そしてドワーフさんは、ぼくらをジロリと見渡した後。


「エルフが訪ねてくるのは珍しいな……前に来てから、もう千年以上昔になるか。しかしエルフにも男がいたのか……?」

「いえ、ぼくたちは人間ですが」


 正確にはうにゅ子はエルフだけど、それ以外は人間なので否定する。

 けれどドワーフさんは「はっ」と鼻で笑い、


「バカを言うな。こんなに美人で乳のでかいやつらが人間のハズがない」

「…………」


 そう言えばこれ、エルフの長老にも言われたんだよねえ。

 否定するのも面倒なので、取りあえず流しておこう。


「そうだ。お近づきの印に、こちらをどうぞ」


 上の階で獲れたポイズンタートルの肉をプレゼントする。

 取りあえず酒で毒抜きの処理をしたんだけど、先日のユズリハさんの痴態のこともあり、どうしようかと悩んでいたシロモノだ。

 ドワーフさんは受け取ると、肉に染み込んだ酒の匂いを嗅いで嬉しそうにしていた。

 ドワーフは酒が大好物という噂は本当のようだ。


「よし! エルフの客人が久々にやって来たんだ、今日は宴会だ!」

「いやだからエルフじゃ……まあいいですけど」


 ドワーフは宴会が大好きというのも、神話や伝説と同じらしい。

 というわけでその夜は、ドワーフの集落を上げての宴会となった。


 ****


 この集落には百人近いドワーフが住んでいるみたいなんだけど、男のドワーフは全員が髭もじゃなのでぼくには誰が誰だか区別がつかない。

 一方、ドワーフの女性は男性に比べて人数は少ないけれど存在する。

 彼女たちは当然ドワーフの象徴たる髭はなく、代わりにみんなとんでもなく美人さんでスタイルも抜群。

 胸元だって、スズハやユズリハさんに匹敵するほど大きい。

 それでいて背が低く華奢で褐色肌なので、なんというか、黒髪のカナデみたいな感じ。

 もしくはトーコさんの幼少期、みたいな?


 そして今、ぼくの横で酒を飲んでいるドワーフの少女。

 驚くことに、この子がこのドワーフ集落の頂点である長老なのだとか。


「呑んでる? ねえエルフ呑んでる? あはははー!」

「呑んでますよ」


 酔っ払い特有のウザ絡みで、ぼくの背中をバシバシ叩いてくる長老。

 ていうかこの人、呑む前からこんな調子だったような……?


 ちなみにこの大陸、飲酒年齢は国によってバラバラなのだけれど、この裏ダンジョンがある地域はどこの国家にも属していないド辺境なので法律には引っかからない……はず。

 とは言っても、ぼくの国の法律でも怪しそうなのはツバキくらいだけど。


「ツバキは年齢的に呑んでも大丈夫なの?」

「問題ないのだ。東の大陸では、祝い事では子供でも酒を呑むのだ」

「そうなんだ」

「それよりもうにゅ子は大丈夫なのだ?」

「ああ……」


 うにゅ子はほら……そうは見えないけど、実年齢はぶっちぎりでトップだから。

 ドワーフさんたちもそこら辺は分かってるようで、うにゅ子にもガンガン呑ませている。

 酔っ払ったうにゅ子が、なんだかヘンテコな舞を踊ってドワーフさんたちが湧いていた。酒癖的にはいいのか悪いのか。


 酒癖と言えば、問題なのは澄ました顔で飲み続けているユズリハさんだ。

 つい先日分かったことだが、ユズリハさんの酒癖はとても悪い。

 具体的には、下着姿で発育しすぎた爆乳をぐいぐい押しつけてくるくらい悪い。

 ぼくはともかく、ドワーフ相手にやって種族間問題に発展しても困る。


 そう考えれば、ユズリハさんは動けないよう簀巻きにして転がしておくべきか……?

 真剣にユズリハさん対策を考えるぼくに、ツバキが耳打ちする。


「お主、スズハが酔い潰れたのだ」

「放っておいていいよ。スズハはすぐ眠くなるタイプだから」

「それはいいが、ドワーフが何人かスズハをお持ち帰りしようとしてるのだ」

「あー、それは拙いかも……ちょっと忠告してきてくれる?」

「なんて忠告するのだ?」

「命が惜しかったら、酔ったスズハに手を出さない方がいいですよって」

「承知したのだ」


 ──スズハは酔っ払うと、およそ手加減というものができなくなる。

 そして見た目はコムスメでも、スズハは女騎士学園の生徒なわけで。

 なので酔ったスズハにヘタに手を出そうとすると、手加減抜きの無慈悲な鉄槌が相手にお見舞いされることになる。


 もちろん相手が鍛えられた軍人とかなら問題ない。

 けれど、例えば一般人が酔ったスズハのビンタを食らったら千切れた頭部が勢いで空中五回転くらいしちゃうだろうし、思い切り突き飛ばされたら胴体には向こうまで見通せる大穴があくだろう。

 それに手加減抜きで抱きしめられれば、その相手は元がなんだったのかも分からない、お肉の塊になってしまう。

 女騎士というのは、たとえ見習いでもそれくらいには強いのだ。


「まあドワーフさんならみんな強そうだし、大丈夫だとは思うけどね……」


 それでも念には念を入れるべきと判断。

 宴会が終わって朝になってみたら、ドワーフが三人ほど惨殺死体になっていましたじゃシャレにもならない。

 というわけで、ツバキにお願いして忠告して貰うことにした。


 ****


 ちなみに翌日。

 なんだか勘違いしたらしいスズハに「兄さん、わたしのことをそこまで大事に……!」とか言いながら盛大に感動された。

 それでどういうことかと考えて、聞きようによっては「もしもスズハに手を出したら、ぼくが黙っちゃいない」と解釈できると後から気づいたのだった。


 ぼくはただ、ドワーフさんたちを心配しただけなんだけどなあ。

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