第221話 当たってるんじゃない。当ててるんだ

 裏ダンジョンの入口は、メイドの谷を降りた先にあった。


 谷間の細い道を進んでいった行き止まり、まるで火山の噴火口のようにマグマが溜まるすぐ横に、鉄格子で塞がれている洞穴があった。

 カナデ曰く、この先に何があるのかはずっと謎だったんだけれど、今回のことでここが裏ダンジョンの入口だと判明したとのこと。


「メイドのみんなも知らなかったんだ?」

「そう。一流のメイドたるものはいるべからず、という鉄のおきてがある」

「じゃあカナデとうにゅ子とは、ここでお別れかな?」


 ここまで来て別れるのも残念だけど、メイドの掟じゃしょうがない。

「うにゅー……」


 うにゅ子も残念そうだけど、でもずっとメイドの修行頑張ってるもんね。

 なんでうにゅ子が、エルフなのにメイドの修行してるのかはよく知らないけど。

 するとカナデがキッパリと。


「ざんねんだけど、カナデはメイドの里でまってる」

「うん」

「でもうにゅ子は半人前なので問題ない」

「うにゅー!?」

「メイドのみちは一日にしてならずぢゃ」


 うにゅ子はショックを受けてるみたいだけど、まあカナデの言ってることも正論だし。

 それにこのダンジョン、どうやらエルフに所縁ゆかりがあるみたいだから、できればうにゅ子も行きたいんじゃないかなと。


「どうする、うにゅ子は行く? 待ってる?」

「うにゅ……」


 しばらく悩んだ後、ぼくの肩に飛び乗るうにゅ子。

 一緒に行くらしい。


「じゃあ鉄格子を開けて中に入ろうか。カナデ、鍵持ってる?」

「調べてみたけど、五百年前にはもう鉄格子があった。でも鍵はない」

「無理矢理開けちゃってもいい?」

「メイドの谷で一番えらいのは、メイドの谷りじちょうのご主人様。だから、ご主人様の好きにしていい」

「そっか」


 お許しは出たということで。

 さてどうしよう……と考えていると、スズハが不思議そうに聞いてきた。


「いったい何を悩んでるのですか、兄さん?」

「いや、この鉄格子どうしようかと思って」

「鉄格子くらい、兄さんならば簡単にねじ曲げられるのでは……? いえ、わたしだってもちろん楽勝ですが」

「そりゃそうかもだけどさ」


 一旦ねじ曲げた鉄の棒って、いい感じで真っ直ぐに戻すのが難しいんだよねえ。

 というわけで思考の結果。


「危ないから、ちょっと後ろにどいて」

「はい……?」


 スズハたちが後ろに下がったのを確認して、鉄格子の上下を手刀でスッパリ。

 こうすれば真っ直ぐなままの鉄棒が切り出されるから、再利用しやすいだろう。


「じゃあ行こうか、みんな」

「えっ……? この鉄棒の断面、滅茶苦茶キレイなのだ……!」

「そりゃ兄さんですから」

「いやいやいや!? 手刀スパーで出来ていい断面じゃないのだ!」

「まあスズハくんの兄上だからな」

「えええ……これって拙がおかしいのだ……?」


 鉄の棒を眺めながらツバキが悩んでいたけど、それはさておき。

 ぼくらはカナデに見送られ、ダンジョンの内部へと入っていくのだった。


 ****


 裏ダンジョンの中には、思った以上に魔獣が多く棲息していた。

 もちろん食べられないモンスターや、あとはゾンビ化している魔獣も多かったけれど、それでもぼくらの胃袋を満たすには十分で。

 ただし問題は、毒持ちの魔獣が多かったこと。


「うーん……」


 今ぼくの目の前にあるのは、大量のポイズンタートル。

 つまり毒亀である。

 ポイズンタートルの毒は、強いお酒に漬けることで分解する。


 ということで、メイドの里で入手したお酒を使って、大量に狩ったポイズンタートルを処理してみた。

 そして味見。


「……ちょっとお酒が強いけど、まあ大丈夫かな?」


 滅多に食べられない最上級のお肉であることには間違いないのだ。

 ちょっとだけ迷ったものの、その日の夕食は亀肉料理のフルコースになった。

 スズハたちはもちろん、公爵令嬢のユズリハさんも美味い美味いと連呼した挙げ句に、ストックで取っておきたいなーと思っていた部分まで食べ尽くしてしまった。

 まあ、そうなる気はしてたから問題は無いんだけどね。

 そして問題は、その日の夜に起こった。


 ****


 ぼくたちが寝ている深夜、ふと背中に気配を感じた。

 魔獣が出たかと慌てて飛び起きると、そこにいるのは魔獣なんかではなく。

 下着一枚に身を包んだ、ユズリハさんだった。


「ど、どうしたんですか?」

「すまない、なんだか暑くて眠れなくてな」


 ユズリハさんは申し訳なさそうに笑って、


「せっかくだから、キミの寝顔でも見ていようかと思ったんだが起こしてしまったようだ。少しばかり話をしてもいいだろうか?」

「もちろんですよ」


 下着姿なのは気になるけれど、そんなことを言い出せる雰囲気でもなく。

 ぼくたちは、ダンジョン内の野営では基本的に夜の見張りを立てない。

 全方向から敵が来る外での野営と違って、ダンジョン内は一方向からの敵を意識すれば十分だからだ。

 それくらいなら寝ながらでも問題なく対処可能である。

 というわけで、ぼくたち以外に起きているメンバーは誰もいなかった。


「……キミにはな、とても感謝しているんだ」


 ポツリとユズリハさんが口にしたのは、感謝の言葉だった。 


「いえ、そんなことは。今回もユズリハさんのお祝いをしたいってだけですし」

「そのために自ら食材を獲りに行こうとまでしてくれる貴族当主なぞ一人もいないぞ? しかも一回だけじゃない、白銀のダンジョンにこの裏ダンジョンを含めたら三回だ」

「前の二回は失敗しましたからね……」


 最初の温泉のダンジョンは、どうにも魔獣の味が納得いかず。

 次の白銀のダンジョンは、お目当てのロック鳥が狩られた後で。

 なのでどちらも褒められた話ではないのだけれど。


「ユズリハさんに喜んで貰おうと思っても、なかなか上手くいかず困ったもんです」

「そんなことはない。なにしろキミほど、わたしを心から嬉しくさせてくれる存在なんてどこにもいないんだから。しかし──」

「しかし?」

「わたしの相棒は、こう言ってはなんだが酷く不器用だな。わたしを喜ばせる方法など、もっと簡単なものがいくらでもあるのに」

「それって何ですか?」


 深い意味も考えずに聞いた。

 するとユズリハさんが、イタズラ猫のようなニンマリした笑みを浮かべて。

 ぼくの後ろに回ると、背中から思いっきり抱きしめてきたのだ──!


「いいかキミ。──わたしがこの世で一番好きな物はな、心の底から相棒と認める男の、頼りがいのあるゴツゴツした背中だ」

「ちょ、ちょっとユズリハさん!?」

「もちろんキミの手料理は大好きだし、しかも食材がキミと一緒に狩った魔獣となれば、その味は天井知らずだ。だがそんなものがなくとも、キミの背中を抱きしめさえすれば、わたしは天にも昇る心地になるのだからな──」

「ユズリハさん、当たってます! 背中に滅茶苦茶押し潰されたおっぱいの二つの突起が思いっきり当たってますから!」

「当たってるんじゃない。当ててるんだ」

「ユズリハさん実は酔ってるでしょ!?」


 間違いなくポイズンタートルの食べ過ぎだ。

 正確には、その肉を毒抜きするときに使ったお酒の摂り過ぎということか。

 ユズリハさん以外が問題ないところを見ると、単純な食べ過ぎかそれとも体質の問題か、いずれにせよ不幸な事故というところだろう。

 ぼくの首筋に吹きかけられる吐息も、少しばかりお酒臭い。


「ユズリハさん。騒ぐとみんな起きちゃいますから落ち着いて、ねっ」

「いいじゃないか起きても」

「こんなとこ見られたら、ユズリハさんが色仕掛けしてるって誤解されますから!」

「いーじゃないか色仕掛け。キミをわたしのおっぱいで落としたなら、わたしは嬉しいし公爵家も安泰、トーコが泣く以外はみんなハッピー……すぅ……」


 ぼくの背中を抱きしめながら言いたいことを言ったまま、ユズリハさんはそのまま深い眠りについてしまった。

 ホッとしたぼくは、そのままユズリハさんを引き剥がそうと──


「……あれ? 離れない」


 ユズリハさんに抱きしめられたまま、どうやっても上手く引き剥がせなかったぼくは。


「せっかく寝たのに、もう一度起こすのもなあ……」


 いろいろ考えた結果、そのまま朝まで過ごすことにしたのだった。

 ちなみに背中にユズリハさんの密着した幸せな感触が押しつけられっぱなしだったので、その夜はまともに眠れなかった。


 ****


 そして翌朝。


「──ん? どうしてわたしはスズハくんの兄上を抱き枕にしてるんだ──?」


 目を覚ましたユズリハさんは何も憶えていなかったので、全力で誤魔化しておいた。

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