第220話 ぬこぬこ神拳
野を越え山を越え、やって来ましたメイドの里。
前に来たときと変わらず、見た目はただの田舎の集落なのだけれど。
そこかしこに落とし穴があったり罠が張ってあったりして、意外と油断ならない。
そして。
今回も里に入ると、誰もいなかったはずの村の通りには、いつの間にか左右にメイドがずらりと並び、カーテシーをして出迎えてくれた。
『お帰りなさいませ、理事長先生、校長先生──!』
「うむ。出迎えごくろう」
「相変わらず圧巻だね……」
とくに事前連絡だってしてないはずなのに、百人を軽く超えるメイド服の少女が通りの左右にずらりと並び、一糸乱れぬ姿勢で出迎えるのは本当に凄い。
なかでも初めてメイドの里に来たツバキは、そりゃもう大変な驚きで。
「気配の欠片も感じさせずに現れたのだ!?」
「みんな優秀なメイドだからね」
「異議ありなのだ! なんでメイドの身のこなしが暗殺者みたいなのだ!?」
「そりゃメイドだからじゃない?」
ぼくも最初に来たときは驚いたものだ。
けれど考えてみれば、メイドも暗殺者も、物音を立てずに動作を正確に実行する点ではなんら変わらないわけで。
「メイドも暗殺者も、極めると動きが似てくるんよ。多分」
「いやその理屈はおかしいのだ……?」
ツバキは未だに首を捻ってるけど、それはさておき。
統率の取れたメイドの動きに満足したらしいカナデが、ぼくの元に近寄ってきて。
「ご主人さま。せっかくだから、ここで情報収集してくといい」
「そうだね」
ぼくも貴族になって初めて知ったけど、メイドの一番得意な分野は情報収集である。
……いや、公爵令嬢のユズリハさんも驚いてたから、世間一般では違うかも知れない。
とはいえ少なくとも、このメイドの里のメイドさんたちはそうなのだ。あと戦闘技術。
「せっかくだから、裏ダンジョンのことを調べて貰おうかな」
「そうするといい。あと待ってるあいだ、メイドのくんれんを手伝ってほしい」
「そうなるよね……」
まあ予想はしてたし、異論も無いわけで。
「じゃあそういうことで、情報収集よろしく」
「まーかせて」
カナデが力強く胸を叩くと、年齢不相応に発育しすぎた胸元がどたぷんっと揺れた。
****
メイドの里に着いて一週間が経った。
ぼくがメイド見習いの子の「ご主人様に上手にあーんして食べさせる訓練」の手伝いをしていると、スズハが勢いよく障子を開けてぼくを指さした。
「兄さん、勝負してください!」
「いいけどこれが終わったらね」
「はいっ! ──って兄さん、なにしてるんですか!?」
「この子が、まだ小さいご主人様に上手くごはんを食べさせる練習をしたいって言うから、それを手伝ってるんだけど」
「う、羨ましい……じゃなくて! 中庭で待ってますからね!」
「あいよー」
メイドの里に来てから、スズハは新しい動きを習得しようと頑張っている。
なんでも、メイドの動きを見たツバキが「猫みたいにしなやかな動きなのだ……」とか呟いたのがティンと来たらしい。
それからスズハは毎日、秘密の特訓とやらをしている。
まあ秘密と言っても、ぼくに内容を教えてくれないだけで存在そのものはバレバレだし、カナデやユズリハさんにアドバイスは貰ってるみたいなんだけど。
どうやらその成果を、勝負という形で見せてくれるようだ。
メイド見習いの子の訓練が終わると、ぼくはさっそく中庭へ。
……するとそこには、おかしな格好をしたスズハがいた。
いや服装そのものは、いつもの女騎士学園の制服なんだけど。
「……えっとスズハ、その頭に付けてるのはなに……?」
「これですか? ネコミミというらしいです」
「なんでそんなもの付けてるの?」
「ネコのようにしなやかな動きを身につける際、ネコミミは必須なのだとカナデさんが」
「……そう……」
ちなみにそのカナデ、スズハの後ろで滅茶苦茶爆笑してるんだけど?
そしてその横には、もう一人の元凶であろうツバキが。
「ツバキ。ねえちょっと、こっちに」
「なんなのだ?」
ツバキが近づいてきたので、アレは一体どういうことかと小声で聞くと。
「べつに普通のことなのだ」
「……へ?」
「東の大陸では、動物の動きを真似した拳法というのはいくらでもあるのだ。例えば虎の動きを真似した黒虎拳、カマキリを真似した蟷螂拳……」
「なるほど。本当に普通にあるんだね」
「なのだ」
ぼくたちの話す向こうではスズハがネコみたいに何度も宙返りをしたり、ネコパンチを空中三段突きとかしてウォーミングアップしている。
「じゃあ、あの拳法は?」
「……ぬこぬこ神拳なのだ……」
「なにそれ!?」
「いや待って欲しいのだ、拙は悪くないのだ……最強の拳法は何かと聞かれたカナデが、メイド情報とやらで……ぐふふっ」
「ユズリハさんは止めなかったの!?」
「ユズリハもつい三日前まで騙されてたのだ……でもついに嘘がばれて、カナデが全力でお尻ぺんぺんされてたのだ……超面白かったのだ……」
「さあ兄さん、いつでもどうぞ!」
ネコミミ姿のスズハがキメ顔で煽ってくるのが、なんだか微妙な気分になる。
まあいいや。
わざと隙を見せると、スズハの目がきらんと光って──
「兄さん、隙有りですっ!」
ぺしっ。
ネコみたいに飛びかかったスズハが、空中であっさりたたき落とされた。
確かに動きは、少し良くなってるような気もするけど……?
「ま、まだまだですっ、兄さん!」
そこから先は、まあいつも通り。
途中からユズリハさんやツバキも乱入してきて、よくある訓練の一日となった。
──ちなみに、いろいろネタばらしされたスズハが思いのほかしょんぼりしてたので、ついフォローのつもりで。
「……スズハのネコミミ姿、けっこう似合ってたよ……?」
などと言ったら、それからたまにネコミミを付けて、ぼくに挑んでくるようになった。
なんとなく、ぼくの性癖が誤解されてる気がする。
****
──そんなこんなで、メイドの谷に滞在することおよそ半月。
カナデが裏ダンジョンの情報を纏めて、ぼくのところに持ってきた。
とはいえ、大した情報は入手できなかったみたいだ。
「メイドとしてめんぼくない……しょぼん……」
「仕方ないよ。エルフの中でも一部にしか知られてなかったダンジョンらしいし」
「せっかく三つのくにの国王をこうたいさせたのに……」
「またなの!? またやっちゃったの!?」
「だいじょうぶ。今度はクーデターじゃないから、国そのものはなくなってない」
「そういう問題じゃないからね!?」
メイドさんという人種は、情報のためなら権力者とか簡単にすげ替えるのだろーか?
まあそれはともかく。
カエデが入手してきた情報は二つ。
一つには、メイドの谷の底はとにかく深くて熱いらしい。
そしてもう一つ。
メイドの谷の奥底には地底人がいるとの噂があるらしい。
「地底人……? そんなの存在するの?」
「わかんない」
エルフもいる以上、地底人がいてもおかしくはない……のかな?
「まあ潜ってみれば分かるよ」
なんにせよ、せっかくエルフさんが教えてくれた裏ダンジョンに潜らないような理由は、今のところ見当たらないわけで。
ぼくらは予定通り、裏ダンジョンへと足を踏み入れることにしたのだった。
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