第219話 サキュバス対策

 教えて貰った裏ダンジョンの入口は、なんとメイドの谷のすぐ近くだった。

 カナデに聞くと、確かにそれっぽい場所があるとのこと。


 というわけで、ぼくとユズリハさん、スズハやツバキの女騎士学園組に加えてカナデにうにゅ子という、白銀のダンジョンと同じメンツで出発することになった。

 今度こそ、ユズリハさんのお祝いに相応しい魔獣に出てきてほしいものである。


 ****


 街道を抜け、深い森の中を進んでいると、スズハがこんなことを言ってきた。


「兄さん。今度の裏ダンジョンは、別名悪魔のダンジョンとも呼ばれているそうですよ。エルフさんがそう言ってました」

「そうなんだ?」

「はい。なので、事前に悪魔対策を練っておくべきかと」


 悪魔対策ねえ。

 悪魔って言っても、牛の形をした悪魔とか、豚の悪魔とか種類は様々だろう。

 それによって、料理の手法なんかも代わってくると思うのだけれど。


「いやキミ、調理法とか味付けの話じゃないと思うぞ……?」

「違いましたか?」


 なぜかユズリハさんに思考を読まれたので、素直に謝っておく。


「でもそうすると、どんな対策を?」

「……ううむ……ゴブリンやオークと違って悪魔なぞ滅多に出ないから、女騎士学園でも対策方法なぞ教えてないし……」


 なるほど、ユズリハさんでも思いつかないと。

 そういうことなら。


「ツバキ、東の大陸に伝わる良いアイディアとか無い?」

「無いこともないのだ」

「ほほう」


 ということなので、お話しを伺う。


「要は、悪魔が悪魔として問題となるのは、そいつが特殊な能力の持ち主の場合なのだ。つまり牛や豚の悪魔がいても、そいつは強いだけで対処法は変わらないのだ」

「言われてみればそうだね」

「ぶっちゃけ、特殊な能力っていうのはサキュバスの場合なのだ」

「……なるほど?」


 確かに、エロを前面に押し出して攻撃なんてサキュバスくらいしか聞いたことが無い。

 ほかの悪魔が物理とか魔法で攻撃してくるのに比べて、あまりにも特徴的だ。


「もちろんサキュバスだって、誘惑した敵が無防備になったところを狙って、魔法とかで攻撃するんだろうけど……」

「それにしたって、普通はどんな悪魔でも魔法が強力とか特定の攻撃方法が効かないとか、後は純粋に強かったり手数が多かったりするくらいなのだ。攻撃方法から違うヤツなんてそういないのだ」

「それもそうか」


 東の異大陸の知恵に感心する。


「じゃあ取りあえず、サキュバス対策をするということで……ってどしたのツバキ?」


 なぜかツバキの顔つきが渋い。


「いや……ここまで言っておいてアレだけど、今回に限っては別に対策とかは必要ないと思うのだ」

「なんで?」


 ここまで悪魔対策イコールサキュバス対策、と教えてくれたのはツバキ本人なのに。


「だってよく考えてみるのだ。このメンバーでサキュバスがターゲットにするとしたら、間違いなくお主なのだ」

「男はぼく一人だから当然だね」

「しかしどんなサキュバスが出てきても、スズハやユズリハより美少女で乳がでかいとか、天地がひっくり返ってもあり得ないのだ……」

「…………」


 言われて見れば確かに。

 スズハはまだともかく、ユズリハさんより美人でかつスタイルが良いサキュバスとか、この世に存在するとは思えない。

 ていうかユズリハさん、実はクイーンサキュバスの化身なんじゃなかろーか。

 この意見はぼくだけでなく、みんなの心を打ったようで、


「たしかにユズリハさんのエロサキュバスぶりは異常ですね……狙った男を捕まえたなら絶対離さないぞという邪悪なオーラを感じます」

「スズハくん!?」

「メイドとしても否定できない……」

「カナデまで!?」

「うにゅー……」

「みんな酷くないか!?」


 ユズリハさんが涙目で睨んでいる。

 ……サキュバスぶりに関しては、みんな他人のことをどうこう言えないと思うけどね。

 それはまあともかく。


「じゃあ悪魔対策は、取りあえず無しって事で」

「それでいいと思うのだ」

「待ってください兄さん」


 スズハから反論が出た。なんだろう。

 ユズリハさんがいる以上、悪魔対策なんて必要ないって結論に至ったはずでは……?

 ぼくのそんな疑問が顔に出ていたようで、スズハが首を横に振る。


「いえもちろん、サキュバス対策は必要ありませんが」

「じゃあなにが」

「サキュバスは女しかいませんが、対となるインキュバスという悪魔もいると聞きます。つまりサキュバスの男版みたいなものですね」

「そんなのいるんだ」

「はい。──なのでわたしは、インキュバス対策の必要性を提唱します」

「それってどうやるの?」

「もちろん兄さんがインキュバス役です」

「えー……」


 ぼくなんかがインキュバス役で、まともな訓練ができると思えないんだけど。


「ねえユズリハさん、そんな訓練に意味があるとは」

「そ、それは一大事だな! ぜひ綿密にして詳細な訓練を実行すべきだろう、今すぐ! もちろんスズハくんの兄上をインキュバス役にして!」

「それは……メイドとしても、きょうみぶかい……!」

「うにゅー!」


 おかしい。ぼくとツバキ以外、みんな賛成みたいだ。


「……えー……やるの……?」

「拙はどっちでもいいけど、みんな期待の眼差しなのだ」

「仕方ないなあ」


 とはいえ、インキュバスがどんな風に誘惑するかなんて知るはずもなし。

 なので仕方なく、ぼくの想像するインキュバス像でやるしかない。


 えーと、インキュバスって……下町にいるホストみたいな感じ?

 そんな感じで、なぜか期待の眼差しのスズハに、手探りながら始めることに。


「スズハ」


 とりあえず強めに肩を抱き寄せてみる。


「ひゃ、ひゃいっ!?」


 次は、えーと、お米を買うときよく見かけたホストさんは確か……


「スズハは、いつも元気で頑張ってるよね。陰から見守ってるよ」

「あっ、ありがとうごじゃいましゅっ!!」

「でもね、疲れたら休んでいいんだよ。ぼくの横、いつでも空けておくから」

「はいいっ!!」

「ところでスズハ、ぼくたち二人がもっと幸せになる素敵な油絵が──」

「かかかか買いますっ! 一生かかってもお支払いします!」

「……うん。ごめん失敗」


 おかしい。ぼくの知ってるホストさんはここで必ずビンタされるんだけど。


「ごめんスズハ。ぼくにインキュバス役は無理みたい」


 やっぱり人間向き不向きがあるよね、とあっさり諦めるぼくだった。

 けれどなぜか、スズハはとても情熱を燃やしていて。


「そんなことありません! 諦めないでください兄さん!」

「えー……?」

「どうして止めるんですがそこで、もう少し頑張ってください! ダメダメです諦めたら、周りのことを思って、兄さんに抱かれたい人たちのこと想ってみてください! あともうちょっとなんです! 必ず目標達成できます! ネバーギブアップ!」

「……スズハ、いつからそんな熱い人に……?」


 あとぼくはインキュバスを目標にした覚えは一度も無いけど。


「えーとすみません、ユズリハさんからも一言スズハに……ユズリハさん?」


 ふと気づくと、なぜかユズリハさんはスズハの後ろで正座していた。

 しかもその後ろには、カナデとうにゅ子も正座している。


「ユズリハさん、何してるんですか?」

「見ての通り、順番待ちだ」

「……なんのです?」

「もちろん、インキュバスの誘惑に耐えるための特訓だが。ああ言っておくが、わたしは公爵令嬢として誘惑に耐える訓練を幼少時から行ってきたので、もっとこうガツンと来る誘惑をして貰って構わないぞ! 五秒に一回求婚するとか!」

「メイドもとくしゅなくんれんをしてるので、普通のゆうわくになびいたりなどしない。なので、こづくりする勢いで押し倒されるのきぼう」

「うにゅー!」

「……やりませんからね?」

「なぜだッッッ!?」


 その後、なぜかユズリハさんたちに滅茶苦茶ごねられたので。

 ぼくはやむを得ず、ツバキ以外の全員になんちゃってインキュバス風の誘惑をして回るハメになったのだった。


 ちなみにツバキは後ろで滅茶苦茶笑ってた。許しがたい。

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