第171話 コメくいてーって顔
そして翌週。
アヤノさんから貰った魔獣目撃情報マップを手に、ぼくらは女騎士学園分校を出発した。
参加者はぼくの他にはスズハとユズリハさん、それにツバキ。
残念ながら諸事情により、ウエンタス公国から来た皆さんは不参加となってしまった。
仮にも魔獣討伐ということで、留学生的にいろいろ制約があるんだろう。
ということでアレだ。
スズハは当然として、ユズリハさんもぼくを通して庶民事情をよく知っている。
ならばツバキに、庶民とはどういうものかきっちり教えてあげよう。
****
「そういえば、ツバキさんは貴族なんですか?」
山道を進みながら聞くスズハに、ツバキは首を捻って考え込む。
「拙は武士だから、貴族といえば貴族……なのだ?」
「どっちですか」
「身分制度が違うから……こっちの騎士と同じ程度なのだ?」
「すると、下級貴族くらいですかね?」
「そんなもんだと思うのだ」
年齢の近いスズハとツバキはすっかり仲良しのようだ。喜ばしい。
そして残るユズリハさんといえば。
なぜかぼくに肩車されて、快適な移動スタイルとなっていた。
じつに楽しげにぼくの肩の上で揺れるユズリハさんに、恐る恐る聞いた。
「……なぜユズリハさんは肩車を……?」
「そんなことは決まっているさ。キミはツバキにこの遠征を通して、庶民がなんたるかを学ばせるつもりなんだろう?」
「ええまあ」
「だから肩車だ。いいか、未婚の
「ええええっ!?」
「しかし庶民ならばそのような厄介な誤解も発生しない。自由だ。だからわたしは敢えて、ツバキに肩車を見せつけているのだよ。だからわたしがキミにいつでも肩車されたいとか、隙あらばキミに素足を密着させたいと常に考えているだとか、そういう卑しい女だなんて決して、か、勘違いしないように……!」
「そういうことでしたか」
頭上から聞こえるユズリハさんの声音は、明らかに羞恥を含んでいて。
つまりユズリハさんはツバキを教育するために、ぼくに肩車されるという羞恥プレイを自ら率先して行っているわけだ。
……でもそれはそれとして、ぼくとしてはやっぱり気になるんですよ。
だって動くたび、ユズリハさんのたわわが頭上でバインバイン状態だもの。
それにユズリハさんの太ももって、滅茶苦茶に鍛え抜かれた上でしなやかさを失わない至高の芸術品で、それが左右からぼくを圧迫しているわけでね。
つまり心臓にとても悪い。
ここはせめて妹のスズハにでも変わって、ぼくの心を落ち着かせたいのだけれど──
「うん? スズハくんのことは気にしなくていいぞ、なにしろわたしがじゃんけんに勝利……もとい、スズハくんはツバキくんと話をしたいと言っていたからな。邪魔をするのも無粋だろう」
「そうですか……」
そういうことなら仕方ない。
前を歩くスズハがなぜか恨みがましい目を向けてきたけれど、気のせいだろう。
****
昼食は滅茶苦茶ラッキーだった。
山を抜ける途中で、なんとポイズンボアを仕留めたのだ。
こいつはイノシシの珍しい変異種で、毒を持っているが非常に美味い。
毒のある内臓を丁寧に取り除いて、じっくりと焼いた肉にかぶりつく。
「さすが兄さんです! 見た目はワイルドなのに焼き加減が絶妙です!」
そうスズハが手放しで絶賛する横で、
「美味し! 美味し!」
語彙力をどこかに落としたユズリハさんが、絶叫しながら父親譲りの暴れ食いをし、
「う、美味い肉なのだ……! いかにも肉って肉なのだ……!」
ツバキが涙にむせびながら、一心不乱にかぶりついていた。
そうしてあっという間に肉を全部食べ尽くして。
「ふう……ぽんぽん一杯なのだ……」
満足そうに腹を撫でながら呟くツバキに、ぼくは「ちっちっちっ」と指を振った。
「ここに毒入りの内臓があります」
「ばっちいのだ。早く捨てるのだ」
「それは貴族的発想だね」
「はえ?」
「庶民はね、それが美味しいなら食べるんだよ」
「でも毒なのだ!?」
やれやれだね異大陸ガールは。まるで分かっちゃいない。
「考えてみてよ。ぼくたちは日々、なんのために鍛えてるのさ?」
「どう考えても毒を食べるためじゃないのだ」
「そりゃそうだけどさ。でも使えるものはなんでも使う、それが庶民のしたたかさだよ。鍛えた胃腸を有効活用するとかね」
「こ、これが異大陸の、庶民……!?」
「あー、ツバキくんは何か勘違いしてるようだが、これが普通なわけ……まあいいか」
ユズリハさんが何か言いかけようとして止めたけど、取りあえずは横に置いといて。
さっと下処理をして臭みを取り、ついでに可能な限り毒抜きをする。
今日はレバニラを作ることにしよう。
やっぱり、庶民ならではの料理といえばレバニラだよね。
下拵えしたレバーを炒めると、食欲をそそる匂いがしてくる。
「お、美味しそうなのだ! でも毒なのだ……?」
「平気だよ。鍛えてれば多分耐えられるし、もし当たってもギリセーフなラインだし」
「具体的にはどれくらいなのだ……?」
「腹痛で一日のたうち回るくらいかな」
「絶妙なラインを攻めてくるのだ!?」
「まあぼくみたいな庶民だと、美味しければその程度なら迷わず食べちゃうけどね」
「異大陸の庶民、恐るべしなのだ……!」
ぼくの言葉に、ツバキがわなわなと打ち震えている。
そこまでたいしたことを言ったつもりも無いけどね?
ちなみにユズリハさんは、なんかツバキが誤解してそうだけど面倒だし都合も良いから黙っていよう──みたいな悟り顔をして。
対してスズハは、コメくいてーって顔してた。
まあ肉といったら白いメシだからね。気持ちは分かる。
****
そしてレバニラが出来上がると、みんなが「ほわぁ……!」って顔で覗き込んできた。
暴力的なまでに美味しそうな匂いがプンプンしている。
正直ぼくも、早く食べたくて仕方ない。
「に、兄さん! なんですかこの素敵料理は……!」
「わたしには分かるぞキミ……この料理は滅茶苦茶美味いか、超絶ウルトラマーベラスに美味すぎるかの二択だ……!」
「も、もう辛抱たまらないのだ! 拙は毒でも喰らうと決めたのだ……!」
みんなにも大変好評のようだ。
けれどぼくには食べる前に、言っておかなきゃいけないことがある。
「えっとユズリハさん、念のために言っておきますが」
「なんだキミ? ひょっとして美味しい食べ方の伝授か? そ、それとも、わたしにだけさらにスペシャルな特別追加料理のご提案が……!?」
「逆です。ユズリハさんはこれ、食べちゃダメですからね」
「──なぜだッ!?」
「公爵令嬢に毒を食べさせるわけにいかんでしょうが」
「そんなバカなッッッ!!」
ユズリハさんはゴネにゴネたが、当然食べさせられるわけもなく。
ぼくとスズハとツバキで、美味しくいただいたのだった。
最終的にユズリハさんが一番ダメージを受けていたけれど、ぼくのせいじゃないと思う。
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