第172話 青春と太陽大作戦

 野を越え山越え二泊三日、やって来ました魔獣の棲息地。

 もう少し到着まで時間が掛かると思ってたんだけど、みんな体力があるから早く着いた。

 まあ訓練がてら、ずっと山駆けで進んだしね。


 というわけで人里から遠く離れた、険しい山奥で。

 ぼくたちは獲物のコカトリスを遠目から観察していた。

 コカトリスの外見は、巨大でブサイクなニワトリである。美味しそうですね。


 ツバキが不思議そうな顔で聞いた。


「なんでこんな人里離れた場所に、コカトリスがいると分かったのだ……?」

「ミスリルの密輸で、無茶なルートで密入国をしようとした盗賊が見つけたって聞いたよ。もちろんそいつは捕まったけど」

「それより兄さん。コカトリスって言えば、この前サクラギ公爵領で狩った魔獣ですよね。目線と吐く息に石化作用があるっていう」

「おっ、よく憶えてるねスズハ」

「はい! 兄さんの作ったコカトリスの焼き鳥が、ほっぺが落ちるほど美味しかったので鮮明に覚えています! あんなに美味しい焼き鳥がこの世にあったのかと!」

「……えっと、スズハ……その話は後で……」


 ぼくを見るユズリハさんが怖すぎる。

 サクラギ公爵領で魔獣討伐した時、ユズリハさんは公爵邸で書類仕事だったんだよね。

 あの時は相当恨まれた。

 まあ実際は恨まれたのはぼくじゃなくて、仕事を押しつけた家宰さんだったけれど。


 ユズリハさんの方をできるだけ見ないようにして、


「ではツバキ、ここでクエスチョンです」

「なんなのだ?」

「もし庶民がコカトリスに遭遇したら?」

「泣きゲロ吐きながら逃げるに決まってるのだ。ていうかそれしか無いのだ」

「まあ普通はそうかも知れないけどね……じゃあ魔獣を狩ることのできる、特殊な訓練を積んだ庶民なら?」

「それはもう絶対に庶民じゃないのだ」

「そんなことないよ?」


 断言すると、ツバキに胡散臭そうな目で睨まれた。なぜなのか。


「本当だってば。結局は庶民かどうかなんて、仕事が何をしてるかってことなんだから。というわけでツバキ、ぼくの仕事は?」

「官僚だったけど干されたのち左遷されて、今はしがない分校の雑用係……なのだ?」

「……いろいろと言いたいことはあるけど、ぼくが軍人とかじゃないのは確かでしょ? つまりぼくは庶民だってこと」


 実際は辺境伯だから、庶民とは言えないんだけどね。

 でもそれは偶然が重なった事故みたいなもので、実質的には庶民なのでヨシ!

 まあそれはともかくとして。


「ならツバキ。逃げるのは無しで、庶民がコカトリスと戦うとしたらどうする?」


 ぼくが聞くと、ツバキがううむと考えることしばし。


「考えられるのは一つだけ……青春と太陽大作戦なのだ」

「なにそれ?」

「青春と太陽大作戦は、過去を振り返ることなく栄光の明日に向けて無我夢中に突き進む、とても美しい作戦なのだ。具体的には相手が動かなくなるまで棒でひたすらぶっ叩くのだ。余計なことを一切考えないのがコツなのだ」

「それダメだよねえ!?」

「拙の死んでいった仲間たちが、こよなく愛した作戦なのだ」


 異大陸のアレな作戦事情なんて知りたくなかった。


「話を変えよう。ツバキならどう倒す?」

「拙なら……石化しないよう目を閉じて、心眼で敵を捕捉しつつ息を浴びぬよう回り込み、心臓目がけてチェストォォ! するのだ」

「はい誤チェスト」

「どういう意味なのだ!?」

「庶民失格ってことだよ」


 心臓を潰すなんて、そんなもったいないことを庶民はしない。

 コカトリスの心臓ハツ刺しを、ゴマ油でいただいたときの美味さといったら……じゅるり。

 あの得も言われぬ美味を知らないとは、所詮はお子ちゃまということか……!


「おぬし、ヨダレが出ているのだ?」

「はっ」


 ついトリップしてしまった。これは失態。

 失敗を誤魔化すように、ぼくは音も無くコカトリスへとダッシュする。


「なっ!? 疾っ──」


 そのまま手刀で、コカトリスの首を刎ね──ッッッ!?


 …………ぽすん。


「コ、コケーッ!?」


 コカトリスが驚いてジタバタしているが、そんなものどうでもいい。


「……はあ……」


 その場で暴れるコカトリスを尻目に、落胆を隠すことなく肩を落として戻ったぼくに、スズハたちが慌てて駆けつけた。


「ど、どうしたんです兄さん!?」

「……あのコカトリスは……食えない……」

「ええっ!?」

「近くで見たら、ゾンビ化してたんだ……」


 長い年月を生きる魔獣は、ごくまれにゾンビ化することがある。

 初期ならまだいい。むしろ肉が熟成して美味しくなることもしばしば。

 けれど、近くから観察したあのコカトリスは、ところどころ皮膚が腐れていた。

 しかも羽毛の隙間から見える肉が醜く膨らんでいる箇所も。あれはもう完全に中期以降の症状だ。


 つまり食えない。

 日程と場所の関係で、今から他の魔獣を討伐に行くのも不可能だ。


 ぼくが説明すると、明らかにガッカリするスズハとユズリハさん。


「兄さん、コカトリスの焼き鳥は無くなってしまったのですか……!?」

「な、なんだとっ……わたしの焼き鳥が……!?」

「いや二人とも、他に悩むところがあると思うのだ……?」


 ツバキが冷静に異論を申し立てているので、いちおう聞いてみる。


「なにがあるのさ?」

「だってゾンビ化なのだ! タダでさえ強い魔獣が、倍以上強くなるのだ!」

「ああまあそうねえ」

「まるでやる気が感じられないのだ!?」


 そりゃあそう。

 だってコカトリスが二倍とか三倍強くなっても、所詮はデカいニワトリなわけで。


「さー、帰るよー」

「コカトリスがそのまま、ていうかますます暴れてるのだ!?」

「心配いらない。始末しといたから」


 ──そうして、ガッカリしたぼくたちが帰り道につくその背後で。


 コカトリスが、大爆発を起こしたのだった。

 たとえ食べられなくても、魔獣に出会ったからには退治しないとね……はあ。


「これが異大陸の庶民の実力……!? な、なんて凄まじすぎるのだ──!!」


 なぜか驚愕におののくツバキの手を引いて。

 ぼくたちは肩を落として、領都へと戻っていくのだった。







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コカトリスが背景で大爆発する時のBGMはゲットワイルド。


こちらの作品「 妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。」ですが、現在コミカライズがweb上『ニコニコ静画様』『コミックウォーカー様』で連載しております。

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