第170話 庶民とカツ丼
その日も女騎士学園分校で雑草を抜いていたら、たまたま通りかかった店員さんに声を掛けられた。
「……辺境伯殿がなぜこのような雑務を……?」
「まあ暇なので、分校の様子見がてら」
それから店員さんと大陸のツインテール事情について軽く話を聞いたあと。
「どうですか、授業の方は」
「ほっほっほ。みんな真面目な生徒ばかりで教え甲斐がありますぞ……たまに人食い虎に出くわすのだけは、心臓に悪いですがな……!」
最近分かったんだけど店員さん、メイドのカナデがどうも苦手らしい。
その苦手振りたるやもう、ひょっとしてカナデに命を狙われて絶体絶命のピンチにでもなった事があるのかってくらいで。
まあカナデは暗殺者じゃなくてメイドなので、そんな事があるはずもないけれど。
カナデもたまに、ぼくやスズハに用がある時は分校に来るからね。
まあそれはともかく。
そんな話をしていると、不意に店員さんがこんな提案をしてきた。
「ワシの授業もいいですが、辺境伯は授業をされないのですかな?」
「え?」
「この分校は、辺境伯領にあるのが最大の特徴。ならば辺境伯自身が授業をされるのが、一番の売りになると思いますがの」
「いやいや、ぼくが教えることなんか何も」
「これは商人としてのカンですがな……辺境伯が自らを全面に打ち出した授業をされれば、分校はもっと魅力的になりますぞ」
「うーん……?」
そんなことは無いと思うけどなあ。
でも店員さんの長年の経験から来るアドバイスは、なかなか否定できるもんじゃない。
ならば、ぼくの気づかない部分があるのだろうか。
「そんなもんですかねえ」
「辺境伯もこう言っていたではないですか、『女騎士に不要な知識など存在しない』と。女騎士の任務は戦闘以外にも潜入調査や暗号解読、要人警護など多岐に渡る──だから、ワシになんでも教えて欲しいと」
「言いましたね」
それは開校初日、どんな内容を授業すればいいかと聞かれたとき。
ぼくは店員さんに、女騎士に不要な知識など無いので、重要だと思ったことはなんでも教えて欲しいと頼んだのだった。
「でしたら辺境伯が教える知識も、無駄なことなど存在しないはずですな」
「──なるほど。いや一本取られました」
たしかに知り合いには講師を頼んでおきながら、自分は草むしりだけするというのも、あまり格好がつかないか。
ちょっと考えてみることにしよう。
****
ぼくも講義をしようかと話したら、あれよあれよという間に準備が整って。
なんでもアヤノさん曰く「最初からその想定だった」とのこと。
まるで知らなかったよ。あと女騎士学園分校の事務まで任せちゃって申し訳ない。
考えた末、ぼくの講義内容は『庶民学』に決めた。
つまり、庶民ならではの知恵全般である。
正直、ぼくが自信を持って教えられることなんて、これくらいしか無いしね。
妹のスズハに戦闘を手ほどきするのとは訳が違うのだ。
それに女騎士はウエンタス公国も含めてほぼ全員が貴族出身だけど、女騎士ともなれば情報収集に酒場へ行ったり、貴族のお姫様を護衛しながら一緒に立ち食い蕎麦を食べたり、そこでお姫様から卵はツルッと啜るべきかそれとも潰して汁に溶かすべきか聞かれた時に適切な回答をしなくちゃいけないわけで。
ならば庶民学は女騎士に必要な履修科目であると、胸を張って断言できる。
ちなみにぼくの身分については念のため、城から派遣された事務官吏ということにした。
庶民学を教えるのが辺境伯じゃ、あまりに説得力に欠けるしね。
ツバキ以外の全員にはバレバレだけど、そこは気分の問題なのだ。
ぼくの実情なんて雑用係みたいなものだし。
****
講義初日。
最前列にスズハとユズリハさん、ツバキ、後列にはウエンタス公国の交換留学生たち。
みんな熱心に聞いてくれて嬉しい。
最初の講義ということもあって、ぼくは張り切って講義した。
庶民に人気のある美味しい食堂の見つけ方。
庶民向けの蕎麦屋と貴族街の蕎麦屋の違い。
庶民とカツ丼。
庶民とぶぶ漬け召し上がりますか。
そして講義の最後、庶民の戦い方について話すことになって。
「──庶民の戦い方は、貴族の戦い方と根本的に違う。その理由は目的の違いです」
ぼくは一同を見回して、
「貴族の戦いは、基本的に争いに勝つことが目的にあって、対人戦がメインとなります。でも庶民が戦い方を身につけるとき、その目的は基本的に食料調達とか害獣駆除のためで、戦う相手も必然的に獣となります。ここまでで質問は?」
「兄さん、女騎士の任務にも害獣討伐がありますよ?」
「うん、スズハの言うとおり。だからこそ庶民の戦闘技術を学ぶことは、女騎士にとって悪くないかなと。どうでしょうユズリハさん?」
「ふむ……確かに騎士の戦闘訓練は、戦場や一騎打ちなどで活躍するための対人戦訓練がどうしてもメインとなる……それでは魔獣討伐で支障をきたす、だから庶民の戦闘技術も積極的に取り入れようということか……!」
さすがユズリハさんは理解が早い。
なんかいい話に纏まった、と思ったところで疑問の声が上がった。
異大陸から来た武芸者ことツバキだ。
「でもそんなの、あんまり役立つと思えないのだ?」
「ん? どうして?」
「だって庶民が斃せるのなんて、せいぜいゴブリンとかオークとかなのだ。でも女騎士が討伐するのはオーガとか、ヘタすれば魔獣とかだから、強さが全然違うのだ」
「なるほど。いい質問だね」
庶民のことをあまり知らない貴族なら、出てきてもおかしくない疑問。
ウエンタス公国からの留学生たちも、何人も首を捻ってるしね。
それに対するぼくの答えは単純明快。
「庶民でも頑張れば魔獣を斃せるよ?」
「それはウソなのだ!?」
「いや本当に」
もちろん庶民なら誰でもできるわけじゃないし、むしろかなり珍しいだろう。
けれどまあ。
だからって庶民の戦い方を学ばないというのも、もったいないと思うわけで。
「そういうことならツバキたちの誤解、生粋の庶民であるぼくが解いてあげよう」
──そんなわけで、庶民でもそれなりに強い魔獣を狩れることを見せるため。
庶民学の講義二回目は、みんなで魔獣討伐に行くことになった。
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