第142話 ユズリハ。やっておしまいなさい
「そんなことより、ローエングリン辺境伯」
「なんでしょう」
「聖教国では新たな枢機卿のなり手を探しているのです。応募してみませんか?」
「ちょっとお姉ちゃん!?」
「いえあの、ぼくそこまで信仰深くなくて。すみません」
「そんなの構いませんわ。わたくしだってこうして聖女になっていますが、信仰心なんてぶっちゃけ並以下ですからね。そこらの平民と変わりありません」
「それって、ぶっちゃけてはいけないやつなのでは……?」
「ローエングリン辺境伯にその気があるなら、わたくしの権力をフル活用して枢機卿団の末端にぶち込んで差し上げられますわ。その先は才覚次第ですが──賄賂と腐敗が
その内容をトーコさんの顔で話してくるのが一番怖い。
一方、本当のトーコさんはというと。
「ばばば、ばかゆーなっ! スズハ兄はボクとずーっと一緒なんだから!」
「オホホホホ」
「スズハ兄を取るな! お姉ちゃんのバカーっ!」
……なんか駄々っ子みたいなトーコさんを初めて見た。女王としての連日の激務とかで疲れているのだろうか?
そしてユズリハさんはというと。
「ふむ……わたしが聖女で相棒が教皇……アリ寄りのアリだな……」
なんだか怪しい独り言を呟きながら、一人で顔をにやけさせていた。
****
その後、冷静さを取り戻したトーコさんと聖女様の会談はつつがなく進み。
ぼくは、聖女様に聞かれたことなんかを答えたりして。
そのたびに聖女様が大げさに驚いてくれて、良い気持ちにさせてくれたりする。
そういう気配りって、人の上に立つ人なんだって感じだよね。
「──で、では辺境伯は、トーコを助けるために単身王城へ潜り込んだわけですねっ!? それも、己の身を顧みることなく! 下水道に自分から潜って、囚われの姫を助けに──うおー、燃えますわああっっ!!」
「ちょっとスズハ兄! ボクもう恥ずかしいから、ねっ……?」
「それで、トーコを助けたときはどんな様子だったんですのっ!?」
「それがトーコさん、宰相にナイフで胸を刺されてたんです。それでもう焦りまくって」
「宰相は!? 悪の宰相はどうなりましたの!?」
「それが気づかないうちに殴り飛ばしちゃったみたいで、あとで教えてもらったんですが。なにしろその時はトーコさんしか目に入らなくて」
「きゃーっ!! ナイト様ですわー!!」
「あ、あのさあスズハ兄! その話はもういいからホラ、オリハルコンの情報とか宝玉を修復してもらう話をしようよ頼むから、ねっ……!?」
「それで、そのときのトーコの様子はっ!」
「トーコさんはもう声が出ない状態だったんですけど、ほんの僅かに口が動いたんです。それで言いたいことが分かったんですよ」
「スズハ兄っ!?」
「なんて、なんて言いたかったんですの!?」
「それが、えっと──」
「わくわく」
「……言わなきゃダメですか?」
「ダメに決まってますわ」
「ユズリハ。やっておしまいなさい」
「スズハ兄、言わないでっ! 後生だから──むぐうっ!?」
「すまない、トーコ……」
「いいですかローエングリン辺境伯、この件はわたくしには聖教国の聖女として、そしてトーコの姉として知る権利があります! トーコの口も塞ぎました、さあお言いなさい!!」
「……キスして、って……」
「キマシタワ────────────────ッッッッッ!!!」
「…………い、いっそ殺して…………」
……いやぼくも、本当は続けたくなかったんだよ。こっ恥ずかしい話だし。
だけどもうね、聖女様の圧がまあ凄かったんだよ。
なんというか「吐け、全部吐かないと──分かってるな?」っていう権力者の圧が。
だから仕方なかったんだよ。
決して涙目のトーコさんが可愛くて、ついつい喋り過ぎちゃったわけじゃないんだよ。ぼくは悪くないんだよきっと。
****
ちなみに、その後どうなったかと言うと。
聖女様が妹の救出譚に狂喜乱舞し、その横で真っ白な灰になって崩れ落ちるトーコさん、そしてチワワのように震えるぼくという阿鼻叫喚の地獄絵図的状況で。
その中で唯一、止められる立場にあったはずのユズリハさんは。
「キミ、それでキスはどうした!? キスしてしまったのか──!?」
なんか聖女様と一緒になって、大盛り上がりしていたのだった。
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ふと気づいたんですが、上述で回想しているキスシーンはweb版には無いんですよね。
なので文庫版未読の方は「そういうこともあったのだなあ」なんて感じでご理解いただければ。
もしくはこれを機会に、ぜひ文庫版のほうも!(とても巧妙なステマ)
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