第143話 聖女病
従者用に用意された客室に戻ったぼくは、倒れるようにベッドに転がった。
「つ、疲れた……」
「兄さん、謁見はどんな感じだったんですか?」
「状況がカオスすぎて説明できないよ……」
「いったい何があったんです!?」
スズハが驚いているけれど、ぼくの驚きはそれ以上だったので勘弁して欲しい。
あの後、真っ白な灰からなんとか立ち直ったトーコさんに思いっきり涙目で睨まれて、「スズハたちに言ったら許さないんだから!」って釘を刺されたのだ。
つまりスズハたちに言わなければ許されたということか。よかった。
「まあなんとかお願いはしてきたよ」
「宝玉の修復ですか?」
「うん。聖女様が自ら直してくれるって言ってた。でもゆっくり魔力を注入していくから、時間がすごくかかるんだって。あとオリハルコンの情報は難しいみたい」
「時間ってどれくらい掛かるんですか?」
「よく分からないみたい。早くて数年、悪いと数十年って言ってた」
「それは長いですね……」
「あと、聖女様は病気なんだって。謁見した限りでは元気そうだったけど」
何気なく話題を振ると、スズハが「ああ」と声を漏らして。
「聖女病に掛かってらっしゃるのですか……ならば、聖女様が生きている間は難しいかも知れませんね。聖女病に掛かった聖女様は短命と聞きますし」
「聖女病?」
「聖女様しか掛からないので聖女病と言われてるらしいです。もちろん俗称ですけどね。うろ覚えですが、その病気にかかって三十歳まで生きている聖女様は珍しいとか」
「それって本当……?」
「有名というほどではありませんが、それなりには知られた話かと。わたしも騎士学校で聞いたことがありますので」
あまりに元気だったから、そんな深刻な病気だとは思わなかった。
「……そっか……」
トーコさんのお姉さんなら、できれば何かしてあげたいと思う。
そりゃあ、ぼくなんかにできることは僅かしかないだろうけれど。
それでも、痛みを和らげるくらいはできるだろうか……?
「ねえスズハ、カナデはどこにいるかな?」
「さっき掃除するって言って出て行きましたけど……あ、帰ってきました」
「お呼びとあらば即参上」
「えっと、カナデはここの掃除をする必要はないと思うよ?」
「ご主人様が泊まるにはそうじが甘い。だからてっていてきにやった。ほめて」
「そ、そうなの……仕事熱心で偉いね、カナデは」
まあカナデのことだし、こちらのメイドの邪魔になることはしてないだろう。
とりあえず頭を撫でると、カナデは猫のように目を細めた。嬉しそうだ。
「カナデにお願いがあるんだけど」
「なに?」
「この建物の屋根裏の情報って、手に入らないかな?」
「まーかせて」
ダメ元で頼んでみたんだけど、カナデは即座に請け負ってくれた。
ウチのメイドが優秀で助かる。
****
ぼくがトーコさんと一緒に聖女様に謁見した日の深夜。
カナデに教えてもらった屋根裏情報を使って、聖女様に会いに行く。
警備は無いも同然だった。
迷うこともなく到着して天井裏から様子を窺うと、聖女様はベッドに横になりながら、何度もコホッ、コホッと苦しそうに咳をし続けていた。
昼間の様子とは違ってかなり苦しそうだ。
ぼくが天井裏から顔を出しても気づかれず、何度も手を振るとようやく気づいてくれた。
「──あなたは──!?」
「こんばんは。聖女様とお話しがしたくて来ちゃいました、よろしいでしょうか?」
「え、ええ……」
「ありがとうございます」
天井裏から聖女様の寝室に入ると、聖女様はベッドの上に身を起こしてくれた。
「……ローエングリン辺境伯は、なかなか大胆な御仁ですのね……」
「そんなことはありませんよ」
ぼくだって普通なら、いくら話したくてもこんなことはしない。
けれど聖女様とトーコさんが姉妹で、かつ二人の仲が良さそうなこと。
妹のトーコさんを話題にした会話が思いのほか盛り上がったことで、予想外に聖女様と打ち解けられたこと。
泣いて土下座すれば最後は困り顔で許してくれそうなタイプなこと。
──だから大胆じゃないですと説明したら、聖女様は不思議そうな顔でぼくを見て。
「それらの話は、辺境伯が屋根裏から潜入する理由ではありませんわね」
そりゃそうだ。
天井裏に潜り込めそうなら何でも潜り込むほど、ぼくはヘンタイじゃない。
「そちらはどうしてか教えていただいても?」
「ご病気だと聞いたので、何かできることはないかと思いまして」
「それは昼に聞けばよろしかったのではなくて?」
「申し訳ありません、重い病気だと聞いたのがその後だったもので」
「仕方ない御仁ですわね──」
聖女様がふうと息を吐くと、
「それでは、腹を割って話しましょう。──わたくしの寿命は、もって後数年です」
「ええええっ!?」
「体内にある魔力が固まって、最終的には全身が石像のようになる病気なのだそうですわ。しかも魔力が聖女になれるくらい多くないとそもそも発症しないので、聖女のみが掛かる病気だとも言われてますわね」
「たしかにぼくの妹も、聖女様が三十歳まで生きられること珍しいと言っていましたけど、でもそんなに早く……」
「このことはトーコも知りませんから秘密ですわよ?」
「分かりました。えっと、お薬とかは飲まれて」
「痛み止めがせいぜいですわね。治療する薬など無いのですから」
「そんな……」
「わたくしの体内にある膨大な魔力が暴走した結果、この病気が発症するらしいのです。治療法は、体内にわたくしを圧倒する魔力を叩きつけて、暴走した魔力を完膚なきまでに叩き潰すしかないのですが──そんなもの、伝説のエルフ族の長老だって不可能ですわ。だってわたくしは聖女ですもの」
トーコさんも言っていた。
お姉ちゃんは自分よりずっと魔力が強い、だから聖女候補として選ばれたのだと。
そして数多の候補者の中から、実際に次代に選ばれた聖女様の魔力量はいかばかりか。
「あの、ぼくにお手伝いできることは──」
「ありませんわね。せいぜい天国に行けることを祈っててくださいまし」
予想通りの答えが返ってきた。
「というわけですわ、辺境伯。もう行きなさい」
「はい。……ですが、後一つだけ」
「なんですの?」
「ぼく、自己流なんですが治癒魔法を使えるんですよ。少しは痛みが和らぐと思います。使ってみてもいいですか?」
ぼくの治癒魔法は単純で、とにかく魔力を流しまくって相手を治療するというものだ。
だから繊細な治療とか、魔力が少ない人間相手だとかえって危ない。
けれど聖女様なら大丈夫。なにしろ魔力量が桁違いだ。
ぼくの申し出に聖女様が微笑んで、
「辺境伯の申し出、嬉しく思いますわ。お願いいたします」
「えっと、ですが一つ問題があって」
「なんですの?」
「ぼくの魔力を流すために、患部にしっかり密着していなければいけないと言いますか。つまり聖女様に思いっきり触れることに──」
「っっ──────!?」
──それから結局、どうしたのかというと。
照れまくった聖女様の妥協案として、ぼくはベッドの上で聖女様を膝上抱っこする形で、背中側から聖女様をぎゅーっと抱きしめることになった。
聖女様は最初耳まで赤くして、じたばた足を動かしていたけれど。
やがて痛みが和らいだのか、抱きしめられたまま小さく寝息を立てたのだった。
****
結局ぼくは、朝方まで聖女様に治癒魔法をかけ続けて。
朝日の光が射してきたころ、抱きしめ終えた聖女様をベッドに寝かせて去ったのだった。
聖女様は、安らかな寝息を立てていた。
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