第144話 そりゃ治癒魔法をかけましたから

 さすがに寝不足気味のぼくが、みんなと遅い朝ご飯を食べていた時のこと。

 ズバァァァァァン!! と食堂の扉が乱暴に開けられて、そこに聖女様が立っていた。


「いったいどういうことですの──────ッッ!?」

「え? え?」

「今朝起きたらお目覚めパッチリ、痛みもなくてお通じ快適ですのよっ!!」

「えっと、それは……良かったですね?」

「ええ、最高ですわ! でも得心がいかんのですわ──っ!」


 駆け寄ってきた聖女様が、ぼくの肩を掴んでがくんがくん揺さぶる。

 一体どういうことなのさ!?

 体調を悪くした様子はなさそうだから、治癒魔法の悪影響とも思えないし。


 見ているみんなに助けて欲しいと目で訴えるも、


「──ふむ。察するに、またキミは何かしでかしたのかな?」

「兄さんは女泣かせですからね。どうせまた何か無自覚チートで聖女様を救っただとか、そんなところではないでしょうか」

「普段は冷静なお姉ちゃんがああなるくらいだし、スズハ兄が原因なのは確かだよねー」

「しかしそうだとしても、わたしは何も聞いていないが? スズハくんはどうだ?」

「わたしも聞いてません、これは尋問が必要ですね。カナデ、道具の準備を」

「……ムチとロウソクの準備はばっちり」

「待って、ぼくをどうするつもりなの!?」

「じんもん」


 その後ぼくは、なんとか聖女様を落ち着かせることに成功し。

 カナデのムチとロウソクを使った尋問を、なんとかストップさせたのだった。


 ****


 話の流れ上、昨夜のことを黙ったままでいるわけにもいかず。

 事の次第を洗いざらい喋ると、トーコさんが渋い顔で頷いた。


「……なるほど、ボクに言わなかったのは正解かもね。聖女の寝室に忍び込むなんて話を、女王が聞いて放っておいたらそれこそ外交問題になるもん」

「だとしても、相棒であるわたしには告げても良かったんじゃないのか?」

「ユズリハさんに言って万が一があったら、サクラギ公爵家に迷惑がかかるでしょう」

「むう。それはそうだが……」

「えっと兄さん、わたしは?」

「スズハに言ったら、絶対に一緒に行くってごねるから」

「一緒でも別に良いじゃないですか!?」


 スズハは納得いかないようだが、そんなわけあるかと言いたい。


「それで聖女様は、どうして怒鳴り込んできたのでしょうか──?」

「当たり前でしょう!? 朝に起きたら辺境伯はいない、それでいて長年続く身体の痛みや魔力の詰まりが、綺麗さっぱり消えたんですわよ!?」

「そりゃ治癒魔法をかけましたから」

「そんなもんで痛みが引くなら、医者もモルヒネも必要ねーんですわ────!!」


 つまり聖女様、ぼくの治癒魔法が失敗すると思ってたのかな?

 それもどうなのよ、なんてぼくが思っていると。


「……なるほどね、ボクにもようやく話が分かった。そりゃスズハ兄のせいだわ」

「ぼくは治癒魔法を掛けて、聖女様の痛みが消えただけでは?」

「いいかキミ。普通は不治の病に治癒魔法を掛けたって痛みが一時的に軽減するだけで、痛みが根本的に消えたり魔力の詰まりが消えたりしない」


 そこで、トーコさんがハッとした顔で。


「──分かった、そういうことか」

「えっと、トーコさん?」

「ボク思ったんだけど。聖女病ってたしか、お姉ちゃんの過剰魔力が暴走して固まるのが原因なんだよね? だったら恐らくだけど、スズハ兄のバカみたいに圧倒的すぎる魔力が、お姉ちゃんの悪い魔力を完膚なきまでに蹂躙し尽くしたんじゃないかな? だから病気が完治したんだよ、きっと!」

「ええ……?」


 そんなバカなとみんなを見ると。

 なぜかみんなが、それなら納得という顔をして。


「まあ普通ならあり得ないが、スズハくんの兄上の魔力なら、聖女の魔力すら圧倒しても全くおかしくないな。なにしろわたしの相棒の治癒魔法に、わたしだって何度となく命を救われたわけだし──」

「まあボクの心臓にナイフがぶっ刺さった状態でも、スズハ兄の治癒魔法は治せたしね。そう考えれば、お姉ちゃんを治療できても不思議はない……のかな?」

「そんな……本当に、わたくしの身体が……?」


 ワナワナと震える聖女様に、ぼくが手を挙げて進言する。


「聖女様、取りあえず聖教国の魔法医による精密検査を受けてみてはどうでしょう?」

「そ、そうですわね……!」


 ぬか喜びからの落胆パターンになってしまうのは、ぼくとしても相当いたたまれない。

 聖女様が再び興奮する前に、聖女様を送り出したのだった。

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