第145話 ドンドコ生コン

 聖女様の検査結果が出るまで、ぼくたちは聖教国に足止めを喰らうことになった。

 まあ当然の措置だと思う。

 良い変化とはいえ聖女様に異変が起きたわけだし、検査をした結果でもし悪い兆候だとなった時に、ぼくたちが出国しましたじゃシャレにならない。

 それにぼくも、聖女様がどうなったのか確認しておきたいし。


「というわけでキミ、午後はどうする?」


 聖教国に来て十日目の昼食後。

 食事を終えて一休みしていると、ユズリハさんがわくわくした顔で聞いてくる。


「午後はわたしと、聖教国を観光するというのはどうだ? た、たまには二人きりでも……!」

「いいですねそれ。じゃあみんなで一緒に」

「……ああ、そうだな……みんなで一緒にな。ふふふ……」


 なぜだかアンニュイな表情になったユズリハさんの様子に首を捻っていると、聖教国のシスターさんが部屋を訪れた。

 なんでもぼくが呼び出されたらしい。


「……え、ぼくですか?」

「はい、間違いございません。聖女様、教皇様、大司教様がお待ちになられております」


 シスターさんの言葉に、トーコさんが目を見開いた。


「ちょっと、それじゃ聖教国の三トップが揃い踏みじゃない!」

「そうなんですか?」

「そうだよ! 他の国で言うと、国王と大統領と首相みたいなもんだよ!」

「それじゃ待たせちゃダメですね」


 心当たりは十分過ぎるぼくである。

 悪い話かどうかはともかく、ここで逃げるわけにはいかないだろう。


「それではこちらへどうぞ。お三方が呼ばれたのはローエングリン辺境伯だけですので、皆様はおくつろぎください」

「いや待った、わたしも当然行くぞ! なぜなら相棒だからな!」

「わたしも当然行きます、兄さんの妹ですので」

「……お三方の最高意思決定会議には、部外者の参加は認められておりません」


 みんなはぼくと一緒に行くと随分ごねていたけれど、さすがに認められるはずもなく。

 なんとか一行の責任者であるトーコさんだけが同席を許された。

 みんな、ぼくに万一のことがあったらと心配してくれたみたいだ。

 ありがたく気持ちだけ受け取っておこう。


 ****


 聖教国の中心に聳え立つ大教会のてっぺんに、その小部屋はあった。

 悠久の歴史を持つ教会美術をまるで一部屋に凝縮したような、豪華絢爛な秘密の部屋。

 恐らくこの部屋にある装飾品で、国宝でないものを探す方が大変だろう。


 そして中心に置かれた円卓を囲む、三人の人物。

 一人は、言わずと知れた聖女様。顔色が良さそうでひとまずホッとする。

 一人は、目つきの鋭い頑健な老人。いかにもな軍人タイプで、禿頭がよく似合う。

 一人は、痩せぎすのこちらも目つき鋭い老人。こちらはどこかの国の宰相みたいだ。


「お呼び立てして申し訳ないですわね──」

「いえ、とんでもないです」


 聖女様の紹介によると、禿頭の軍人っぽい方が教皇様で、痩せぎすの宰相みたいな方が大司教様だという。

 いずれにせよ、ぼくなんかには雲の上の存在だ。

 そして、お互い簡単な自己紹介を終えると。


「──さて、まずは結論からお伝えしますわね」


 ごくりと唾を飲むぼくに、聖女様が厳かな顔で告げる。


「わたくしの病気ですが、綺麗さっぱり消えておりました」

「つまり、治ったと──?」

「聖教国の、つまり世界最高クラスの魔法医が大集結したあげく、数日かけてわたくしを徹底的に調べまくりましたの。ですから間違いありませんわ。数日中に大陸全土に向けて、公式発表される予定になっております。──もっとも、快復した経緯についてはさすがに公表できませんので、神の奇蹟ということになりますけどね」

「おめでとうございます!」

「ふふっ、ありがとうございます。これも全部、辺境伯のおかげですわね」


 聖女様がわざわざ椅子から立ち上がってお礼をしてくれて、ぼくが慌てて返礼した。

 病気が治ったのだという嬉しさとともに疑問も湧く。

 ……するとぼくは、どうしてこんな場所に呼ばれたんだろう?


「なにを不思議そうな顔をしている、辺境伯」


 ぼくの内心が顔に出ていたのか、禿頭の教皇様が話しかけてきた。


「お前はこの聖教国の魔法医が、どうやっても治せない不治の病を治したんだ。ワシらが一目見たいと思うのも当然だろう?」

「そんな、偶然ですよ」

「もっとも、一目見るだけで済ますつもりなどないがな」

「お待ちなさい! わたくし、挨拶だけと何度も念を押しましたわよね!?」


 聖女様が慌てるが、教皇様はふんと鼻を鳴らして。


「お前がトーコ女王の姉であるのを笠に着て、我らと辺境伯を会わせようとせんのが悪い。しかしこうして会ってしまえばこちらのもの──なあ辺境伯よ。ワシと組んでこの大陸、まるごと全部手に入れんか? その時にはお前に世界の半分をやろう」

「なに抜かしてけつかりますのこのクソ教皇があっ!?」

「この辺境伯さえいれば夢物語ではないぞ。なにしろ軍事力は一国の軍隊顔負けだしな、それにオリハルコンの鉱脈さえ持っておる。しかも変種オーガから大陸を救った英雄で、聖女の病気も治してみせたカリスマときた。あとはワシの知謀と権力さえ加わったら……ククク、美味い酒が呑めそうだ……」

「仮にもわたくしの妹の随伴を、世界征服の道に誘ってるんじゃねーですわよ!?」

「あ、あの、ぼく世界征服とかに興味はまるで無いんですが……?」


 いちおう断りの返事をしておくけれど、教皇様は気を悪くした風もなく。


「欲が無い男だ。まあいい、その気になったらいつでも言って来るといい。教皇のワシが貴様を大陸の覇者にしてやろう、そして二人で酒池肉林の日々を……!」

「仮にも教皇が人を堕落させようとしてるんじゃねーですわ!?」

「そ、そんなことは無い! だいたいだな……」


 なんだか聖女様と教皇様が、よく分からない口論を始めてしまった。

 ぼくは横にいるトーコさんにこっそり聞いてみる。


「えっと……これって、どうなってるんですか?」

「どうもこうもないよ。まったくもう、キミってやつは……」

「え、ぼくですか?」

「いやまあ、スズハ兄が悪いわけじゃないんだけどさあ……なんというかね、権力者なら誰だってスズハ兄を絶対に、魂の底から手に入れたいっていう現実をね、凄くリアルに目の前で見せつけられたっていうか……分かっちゃいるんだけどさあ」

「はあ……」


 こっちはこっちで、トーコさんが疲れたように嘆息している理由がよく分からない。

 まあ目の前で、教皇と自分の姉が口喧嘩してるのを見ていれば、疲れるのも当然という気はするけれど。

 そんなことをぼくが考えていると。


「もし、ローエングリン辺境伯」

「あ」


 いつの間にか目の前に来ていた、痩せぎすの大司教様に挨拶された。

 こちらも慌てて頭を下げる。

 すると大司教様は、隣で口論を続ける教皇様に冷ややかな目を向けながら、


「アレはいけませんな」

「……はい?」

「為政者たるもの、すぐに結果を求めてはいけません。じっくりと種を撒いてから数十年、時には百年後に収穫をする。それが政治というものです」

「は、はい」


 なんで突然、大司教がそんなことを言ってきたのかはよく分からない。

 けれど何というか、凄くまともな政治家っぽい。

 比較対象が、いきなり世界の半分をやろうとか言ってきたってのもあるけれど。


「ところで辺境伯、お好きな食べ物は何ですか?」

「え、えーと? 最近だと鮨とかカニですかね……?」


 突然聞かれたぼくが、とりあえずこの前トーコさんから貰ったものを口にすると。


「ほうほう、カニですか……ククク……」

「えっと……?」

「聖教国大司教の名にかけて、辺境伯に最高のカニをお送りしましょう」

「そんなこと言ってませんよ!?」

「いえいえ、これはほんのご挨拶……決してワイロではありませんので、お気になさらず……ククク……」

「その笑い滅茶苦茶気になるんで、止めてもらっていいですかねえ!?」


 慌てふためくぼくの横で、トーコさんがなぜか難しい顔で腕を組みながら、


「ううん……やっぱりこのままじゃ、世界中の権力者がスズハ兄にお近づきになろうって外堀を埋めるべく、ドンドコ生コン流し込みまくるよねえ……なんかこっちの既得権益をビシッとアピールできる方法は……や、やっぱりケッコンしかっ……!?」

「トーコさんも考え込んでないで助けてくれません!?」


 ちなみに生コンとは、攻城戦で使うマジックアイテムの一つらしい。

 始めて知ったよ。






****************

一つご報告させてください。

来月の話なんですが、当作品「妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。」のコミカライズが開始されます。

漫画家様は萩原エミリオ先生、月間コミックアライブの来月号(9月27日発売号)から掲載されるようです。


担当さんから掲載号の詳しい話は聞いていませんが、コミックアライブの次号予告に載っていたので多分本当のはずです(情報源そこかよ、というツッコミはさておき)。

1話のネーム拝見しましたが、アレなマッサージもしてました。完璧です。

こちらもぜひぜひ、よろしくお願いいたします!



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