第178話 おっぱい揉ませて欲しいのだ(ツバキ視点)

 衝撃のマッサージ講座が終わった後、寮の大浴場でツバキは物思いにふけっていた。


(あれはいったい何だったのだ……!?)


 膝を抱えた格好で湯船に入り、口元まで浸かっているお湯を時たまぶくぶくさせながら、ツバキは先ほどまで見ていた光景を思い出す。

 ツバキは観察眼が鋭い。少なくとも常人よりはずっと。

 観察眼が真価を発揮するのは限られた分野に限定されるものの、例えばツバキは戦闘で、相手の動きを筋繊維一本に至るまで把握できる。

 ツバキが戦場で生き延びることのできた、妖刀と並ぶ自慢の能力だ。


 そして、そのツバキの観察眼だからこそ。

 スズハの兄のマッサージの凄まじさが、浮き彫りになっていた。


(あの男の指は、メイドの筋肉を隅々まで過不足なく、限界までほぐしていた……!)


 当然の話だが、筋肉の付き方や肉質なんて人によって千差万別。

 それを限界までほぐそうとすれば当然、極めて繊細な微調整が必要で。

 少しでもオーバーしてしまえば、逆に筋肉を痛める結果になるだろう。

 なのに。


(あの男は、少し触っただけで完璧に把握したのだ……!)


 ドヤ顔をかましていたスズハのように、毎日揉んでいるならまだ分かる。

 しかし、あのメイドをマッサージするのは久しぶりだと言っていた。事実だろう。

 だというのに、あの男はメイドの筋繊維の一本一本を完璧に、限界ギリギリを見極めて揉みほぐしたのだ。

 それがどれだけ途方もない技術なのか。


 それを成したのが伝説の英雄だとかならまだ理解できる。

 だが恐るべきことに、その男はただの左遷された草むしり男なのだ──!


(……もしも東の大陸とこの大陸で戦争したら、ぺんぺん草の一本も残らず負けるのだ。レベルが違いすぎるのだ……)


 この大陸の強さのレベルが異常に高すぎることは、コカトリスの討伐で十分すぎるほど思い知らされていた。

 しかし真に注目すべきは、強さを支える圧倒的技術力だったのだと戦慄する。


 ──東の大陸において、その圧倒的な戦闘力で国家統一の原動力ともなったツバキは、自分の戦闘力を過不足無く認識している。

 それは自分が二、三人もいれば、それだけで東の大陸など軽く征服できるというもの。


 しかし。

 この建物内だけで、ツバキと同程度かそれ以上の戦力が、四人もいる。

 スズハとユズリハ。そしてそれよりも、ずっとずっと強い幼女に……そして草むしり男。過剰戦力もいいところだ……


 そんなことを湯をぶくぶくしながら考えていると、一斉に息を呑む音が聞こえて。

 そちらに目を向けて納得した。

 スズハとユズリハの二人が入ってきたのだ。


 二人とも普段は寮に寝泊まりせず帰るので、寮の大浴場は使わない。

 だからツバキも、二人の裸を見たことはなかった。

 そして留学生の面々も。

 二人を見て愕然とする留学生たちの反応は、ツバキには見慣れたものだった。


 圧倒的に絞られたスタイルへの賞賛も、冗談みたいに突き出た胸元への羨望と嫉妬も、ツバキへの反応とまるで同じだったから。


(ふん。本当に見るべきところは、そこじゃないのだ……)


 ツバキは留学生たちを一瞥すると、二人へ向かって進軍を開始した。平泳ぎで。

 そして。


「……ツバキさん。お風呂の中で泳ぐのはマナー違反ですよ?」

「ごめんなさいなのだ」


 ツバキは大きい風呂で泳ぐことが大好きで、東の大陸でもよく怒られたものだった。

 この大陸ならワンチャンいけると思ったけれど、やっぱりダメだったとしょんぼりする。

 今度は誰もいないときに泳ごう。


 身体と髪を洗い終わったスズハたちが湯船に入ると、ツバキと合わせて湯にスイカ大のおっぱいが六つ並んで浮かぶ。

 なんだかシュールだ。

 しかし改めて、乳ばかりみているヤツはセンスが無いとツバキは思う。


 仮にも武士ならば、スズハの裸体で注目すべきはおっぱいではない。

 見た目こそ目立たないものの、信じられないほど上質できめ細かいその筋肉で──


「じーっ……」

「な、なんですかツバキさん?」

「これは間違いなくA5ランク……うんにゃ」

「え? え?」

「もはや史上初のA6ランク認定、待ったなしなのだ!」

「なんのランクですか!?」

「拙は肉ソムリエなので」


 ちなみにA5ランクとは、東の大陸における牛肉の最上級ランクである。

 人間に使っていい基準では断じてない。


「むむむ……やはりこれは、あのマッサージの……?」

「えっと、ツバキさん?」


 そして目線はすぐ横のユズリハへ。


「こっちは……ううむ……」

「今度はわたしか?」


 やはり間近でじかに見比べると、大きさはともかく筋肉の質そのものは、スズハが一歩抜けているように感じる。

 それにしたってユズリハも、スズハを除けば桁違いでナンバーワンなのだが。


「二人とも、ずっとマッサージを受けているのだ?」

「兄さんのですよね。わたしは子供の頃からずっと」

「スズハくんが羨ましいよ。わたしはここ一年とちょっとだな」

「やっぱりなのだ……!」


 マッサージを受けた年月と肉質に、明らかな相関関係がある。間違いない。

 やはりここは、ガチで追求しないといけない。

 なので恥を忍んで頼むことにした。


「折り入って、二人にお願いがあるのだ」

「え、なんです?」

「二人のおっぱい揉ませて欲しいのだ」

「「ええええええええええええええええええッッッッッッ!?」」


 二人が本気で驚いているが、ツバキとて伊達や酔狂で言ったわけではない。


 ──その昔、ツバキは東の大陸で一番と謳われた牛飼い名人を訪ねたことがある。

 そう言えば、あの名人も牛に毎日マッサージをしていると言っていた。

 その時は「そんなもんか」と流していたが、まさかここで繋がるとは。


 そして別れ際、名人がこんなことを言っていた。

 本当に素晴らしい肉の牛は、乳を揉んでみれば全てが分かるのだ、と──


「──だから拙は、どうしても二人の乳を揉みしだきたいのだ!」


 そう言って必死の形相で両手を合わせるツバキに、二人は戸惑いを隠せない。

 なに言ってんだコイツ、という心の声が聞こえてきそうだ。

 しかし。


「──うむ。まあ、ツバキの言いたいことは分かった」

「ユズリハさん……?」

「じつはわたしも、スズハに同じ事を思ったことがある」

「ユズリハさん!?」

「いや、勘違いしないでくれ。スズハの身体は、スズハくんの兄上が十数年掛けて育てた至高にして究極の肉体……心ゆくまで全身を触りたいと思うのは、当然の心理じゃないか。決して百合的なアレではなく」

「えええ……」

「わたしもそうだが、スズハくんも女子に胸を揉ませてくれと言われたことがあるだろう。減るものじゃないとか言われてな。そんな時はどうしていた?」

「兄さん以外に触らせると減るので、全部お断りしました」

「ただの独占欲じゃないのか……?」

「気のせいです」


 そんなツバキたちの会話を、大浴場で入浴していた留学生らがさりげなさを装いつつも滅茶苦茶聞き耳を立てていたのだが、それはさておき。

 その後ツバキの必死のお願いと、ユズリハの援護が重なった結果。

 ついにスズハが白旗を揚げた。


「……じゃあ、三人で揉み合うということで……」


 決め手はツバキが名人直伝の牛肉見分け方を特別に教えることと、ユズリハが実家から取り寄せた最上の肉でバーベキューをしようと提案したこと。

 決して食べ物に釣られたわけではない、はずだ。

 ツバキの学術的探求のための真摯な要求に、スズハが応えた結果なのだ。たぶん。


「じゃあ、行きますのだ……!」


 ツバキがしごく真剣な表情のままで、両手をスズハの胸元の前でわきわき動かすというシュールすぎる絵面になった次の瞬間。


 ふにょん。


「ふおおおおおお────ッッッ!?」


 なにこれ。すっごく柔っこいのに弾力がすんごい。


「あんっ……こ、このっ、お返しです!」


 真っ赤な顔のスズハが、仕返しとばかりにツバキに襲いかかり。


「おい二人とも、もう少し静かに……ひゃんっ!? や、やったなあっ!?」


 二人を止めようとしたユズリハが巻き添えを食らって、そのままキャットファイトへと移行して、三人が大暴れしたその結果。

 大浴場の浴槽が半壊し、壁に穴が開く大惨事となったのだった。


 もちろんその後、全員しこたま怒られた。




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ちなみにこのシーン、文庫4巻ではばっちり口絵カラーで掲載されてます(ダイマ)

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