第177話 ユズリハさんのちょっと待ったコール

 食事の後には、せっかくぼくがいるのだからという話になり、即席でマッサージ講座が開かれることになった。


 なんでもウエンタス公国の一部界隈で、ぼくのマッサージが話題になっているんだとか。

 どこから聞いたのか確かめてみると、どうやらトーコさんからウエンタス大公を経由して話が伝わったらしい。

 それでみんな興味を持ったとのこと。

 なのでぼくも、帰国したときに話のタネにはなるかもということで、マッサージ講座を開くことに同意したのだった。


 ちょっと広めのホールには生徒全員のほかにぼくと、なぜかメイドのカナデもいた。


「カナデはどうしてここに?」

「ばつとして、マッサージのお手伝いするように言われた」

「なるほどね。でもそれならうにゅ子は?」

「たべすぎでおねむ」


 満腹になった後に眠くなるのは、人間もエルフも同じらしい。

 というわけで講座を始める。


「今日はまずぼくのやり方を見て、それからみんなで復習してもらおうと思います」

『はいっ!』


 ハキハキした返事が重なって、いかにも女騎士見習いって感じ。いいね。


「じゃあまず、見本でぼくのマッサージを受けてくれる人は……」

『はいはいはいッッッ!!』


 一瞬でそこにいる全員の手が、ずびしっと上がった。

 とくにウエンタスからの留学生が凄まじい意気込み。なぜだ。


「じゃあえっと、一番後ろの……」


 適当に留学生から一人を指名しようとすると。


「ちょっと待ってください、兄さん」

「スズハ?」

「兄さんの繊細かつ大胆なマッサージを完璧に披露するには、やはり受ける側も最大限の慣れが必要とゆうもの。なのでわたしが受けるのが最善かと」

「そ、そうかな……?」


 限界まで攻める際どいマッサージまでは予定してないので、気にしすぎだと思うけど。

 でも兄のことを考えようとしてくれる姿勢が嬉しい。


「じゃあスズハに頼も──」

「ちょーっと待ったぁ!」


 ちょっと待ったコールだ。なんだろう?


「ユズリハさん、どうかしましたか?」

「そのだなっ、わたしとキミは唯一無二の相棒なわけだからして、つまりキミが手ずから行うマッサージはできる限りわたしが受けるべきかと思うのだ! もちろんわたしもその代わりに、公私にわたりキミを一生マッサージし続けると誓おう!」

「えっと、ありがとうございます……?」

「いえユズリハさん、その立場は兄さんの妹であるわたしが担うべきかと」

「そ、そんなことはない! だいたいスズハくんは羨ましすぎ──」


 そこからスズハとユズリハさんの二人で、なんだか分からない争いが始まってしまった。

 困ったな。こうなるとぼくは何もできない。


 仲裁しようとしたこともあるけれど、そのたびに二人で「兄さんは黙っててください」「キミは邪魔しないでもらえるか。これはそう……女の戰いなんだ……!」とか言われて失敗するのが常なのだ。


 どうしようかと思っていると、カナデがぼくの袖を引っ張ってきた。


「どうしたの、カナデ?」

「ここはカナデがひとはだ脱ぐ」

「というと?」

「生徒のだれかを選ぶからもめる。カナデを選べば問題なっしん」

「な、なるほど……?」

「まちがいない」


 理屈はよく分からないけれど、自信満々のカナデが言うのだから大丈夫だろう。

 というわけで、ぼくのマッサージを受ける役目はカナデに決まった。


 スズハとユズリハさんが、またしても泥棒猫を見るような目でカナデを睨んでいたけど、気づかなかったことにしようと決めた。


 ****


 マッサージ講座が終わったカナデは、立っているのもやっとの状態だった。


「ねえカナデ、大丈夫?」

「……しゅ、しゅごい……さすがカナデのご主人さま、はんぱない……!」

「ごめんね、ちょっとやり過ぎたかな?」

「そんなことない……今にも天にのぼりそう……ヘブンじょうたい……」

「それって死にかけだよねえ!?」


 仕方ないのでお姫様抱っこでカナデを運ぶ。

 このままカナデを連れて帰るより、ゆっくり休ませてから帰した方がよさそうだ。


「ごめん。カナデなら慣れてるから、ハードコースでも大丈夫だと思ったんだけど」


 ハードコースとは要するに、日頃スズハにやっているようなマッサージだ。

 どれくらいハードかと言うと、貴族の女子がやってるとバレたらお嫁にいけないと思う。

 なにしろ見た目が悪すぎる。

 だって、尻の穴に指を突っ込んでるように見えたりするし。


「まさか向こうから要求してくるとは思わなかったよ……」


 女騎士学園に通う生徒は、スズハやツバキのような例外を除いて、普通は貴族の出身で。

 なので最初はソフトコースの、誰かに見られても大丈夫なマッサージをやっていたのだ。

 けれどそこでクレームが入った。


 なんとウエンタス公国で流れる噂話には、ぼくのマッサージが滅茶苦茶激しいことまで伝わっていたのだ。

 トーコさん、よその国でいったい何を話してくれてるのかと問い詰めたい。


 しかもスズハが「その通りです。兄さんの本気は、こんなものではありません」などと火に油を注ぐ余計なことを宣って。

 その横でユズリハさんも、したり顔で何度も頷いた結果。

 結局ぼくは、カナデを使って全力の本気マッサージを披露することになったのだった。


 その結果がご覧の有様である。

 全力のマッサージとは、受ける方も施す方も疲れるものだ。

 それでも眠って明日になれば、疲れは完全に取れているはずだけど。


「カナデはマッサージ、痛くなかった? 大丈夫?」

「へいき。あんまりきもちよすぎて、くたくたになっただけ」

「ならよかった」


 カナデの表情も本当にだらしのないネコみたいで、主人のぼくに遠慮して我慢している様子は無い。

 スズハのように毎日ではないけれど、ぼくはカナデもマッサージしたりすることがある。

 カナデが仕事で頑張ったご褒美を聞くと、だいたいフルコースのスペシャルマッサージを要求してくるのだ。

 あと模擬戦闘。

 だからカナデも、マッサージが嫌いじゃないんだと思う。


 けれどそれ以外の時に、カナデからマッサージを求めてくることはない。

 スズハやユズリハさんなんて、下手すれば一日に何回も要求するのに。


「カナデってさ、いつもはぼくにマッサージしてって言わないよね?」

「うん」

「でもマッサージが嫌いなわけじゃないんでしょ?」

「もちのろん。むしろ大好きすぎて、とうといまである」

「普段は遠慮してるのかな?」

「……えんりょではない。メイドがご主人さまに手ずからマッサージを要求するなんて、ありえない」

「そりゃごもっとも」


 とはいえ、ちょっとばかり寂しいと思う。

 だってぼくの中で、カナデはすでに家族の一員なのだから。

 でもカナデのプロ意識を否定するつもりも無いわけで。


 だからぼくは、代わりにこんなことを言った。


「じゃあさ。主人のぼくから、一つ頼みがあるんだけど」

「どんとこい」

「カナデが凄く疲れたりとか、今日はとっても頑張ったっていう時には、遠慮せずぼくにマッサージして欲しいって頼むこと。いい?」

「……それって……!」

「もちろんぼくも、忙しくてダメなときはあるけどさ」

「……わかった。カナデはできるメイド。ご主人さまのお願いをまっとうする」

「うん。よろしく」


 というわけで。

 その後は月二回程度の頻度で、カナデはぼくにマッサージを頼むようになるのだけれど、それはまた別の話。




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今年もよろしくお願いいたします。

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