第176話 カレー曜日
そして夕食時。
食堂に集まったみんなにカレーをよそうのは、当然ながらぼくの役目だ。
たまたまいたメイドのカナデも手伝ってくれる。
ここでちょっとした一工夫。
相手の生徒を観察して、渡すカレーを微調整するのだ。
「はいどうぞ。少し辛めにしておきました」
「え、どうしてわたしが辛いの好きって分かったんですか!?」
「なんとなく分かるんですよ。次の方は……少しヨーグルト混ぜておきますね」
「わっ! そうです、ちょっと酸味のある感じが好きなんですよ!」
「お次の方、酒癖が悪いですね」
「カレーと関係ないですよね!? 当たってますけど!」
こんな感じで、コミュニケーションも取れて一石二鳥である。
交換留学生のみんながカレーを暴れ食いする様子を眺めながら、女騎士の食欲は国境を越えるんだなあとか思っていたら。
なぜかカナデが、キラキラした目でぼくを見ていた。
「さすがカナデのご主人さま」
「なにが?」
「みんなの情報を、いつのまにか手にいれてた。こっそり調べた?」
「そんなことしてないよ!?」
王都にある有名なカレー屋さんは入ってきたお客さんを一目見て、どれくらいの辛さが好みか瞬時に判断するのだが。
そして辛さ別に作り分けたカレーの中から、その人に最適な辛さのカレーを出すという。
しかもお客さんに辛さの好みを聞くこともなく。
今回はそれを真似してみたわけだけど、概ね上手く行ったみたいだ。よかった。
そんな話をすると、カナデはなぜかますます目を輝かせて。
「……つまり、ご主人さまに見られただけで、情報をぬすまれるということ……!」
「人聞きが悪すぎる!?」
「ご主人さまに見られたら、カナデの恥ずかしいひみつを知られたもどうぜん……つまりカナデがまいにち洗濯前にご主人さまの衣服をくんかくんかしていることも、あまつさえたまにぺろっとしていることも、まるっと全部エブリシングお見通し……!」
「知らないよ! ていうかそんなことしてたの!?」
「…………というのはうそ」
「雑すぎるごまかし方はやめようね!?」
知りたくなかったメイドの闇を聞かされてショックを受ける。
どうしたものかと頭を抱えていると、
「……ご主人さまはなにか勘違いをしている」
「なにをさ?」
「一流の陶芸家は、土のよさをたしかめるために、土を口に入れたりする」
「ああ、それは聞いたことあるかも」
「それとおなじ」
「じゃないと思うなあ!」
「……カナデは一流のメイドとして、洗濯するものをたしかめるためぺろぺろしてるだけ。だから勘違いしないでほしい」
「それってつまり、カナデはメイドとして最高の洗濯をするために、あえてみんなの服を洗濯前にペロッとしてる……ってコト!?」
「ご主人さま以外のなんてなめるはずない。ばっちい」
「話が矛盾してないかなあ!?」
そんな会話をしていると、残りの鍛錬居残り組も帰ってきた。
スズハとユズリハさん、それにツバキの三人。これで全員揃ったことになる。
もっとも寮の夕食はみんなバラバラに食べているので、遅くても問題はない。
「ただいま帰りました、兄さん!」
「今日はカレー曜日か……キミのカレーは絶品だからな。楽しみだ」
「初めて聞く料理なのだ。なんか見た目と臭いが凄いのだ……」
おや、ツバキはカレーを食べたことが無いらしい。
異大陸にカレーが存在しないのか、ツバキが知らないだけかは分からないけれど。
ともあれ三人のカレーをよそう。
スズハはニンジンが好きじゃない……けれど無視して普通によそい。
ユズリハさんは自分からは絶対に言わないけれど大の甘いもの好きなので、ハチミツを多めに混ぜた甘口ユズリハさんスペシャルを提供する。
ツバキはコメが好きそうなので、ごはん多めに。
さてどんなもんかと見守っていると、一口食べたツバキが立ち上がって。
「こ、この美味い食べ物はなんなのだ!?」
「兄さん特製カレーですよ」
「この大陸には、こんなに美味いものが普通に存在するのか……!?」
「いえ、普通には存在しませんね。兄さんの手作りですし」
「スズハくんの言うとおりだな。スズハくんの兄上の手料理はどれも最高だが、なかでもカレーはキングオブキングス、頂点を狙える器。しかも豊富なバリエーションがある」
「そうなのだ!?」
「ああ。から揚げカレーにハンバーグカレー、豚しゃぶカレーなどどれも極めて美味い。そして忘れてはならない王道、カツカレー……」
「ほわぁ……!」
なんか滅茶苦茶期待してる目が、ぼくに向けられる。
「あの、凄く言いにくいことが……」
「見てくださいユズリハさん!」
そう言ってスズハが示したのは、奥のテーブルで食べている二人組。
ああスズハ、なんて余計なことを……
案の定ユズリハさんが食らいついて、
「なっ……あそこで食べているのはハンバーグカレー、その横は明らかにカツカレーだ。どういうことだ!?」
「あ、あのさ、二人とも……」
「きっと兄さんはお代わりすることを見越して、飽きがこないよう味を変化させるためにハンバーグやカツを後出し提供するスタイルなのでしょう」
「なるほど! よし、そうと分かればすぐに食べるぞ! そしてお代わりだ!」
「むっ、拙も負けないのだ!」
「いやみんな、ちょっとぼくの話を聞いて……」
「すまないキミ、今だけは黙っていてくれ。わたしはもの凄く急いでいるんだ」
聞き耳を持たない三人は、音速の早さでカレーを完食。
そして当然のように、ぼくの目の前に皿がドンドンドン! と三つ置かれて、
「お代わりです兄さん! トッピングはカツとハンバーグとから揚げを所望します!」
「わたしもお代わりだ! ちなみにわたしは、キミの作ったトッピングを選別するという失礼な行為はできない! なので全部乗せてくれればいいぞ!」
「拙は奥ゆかしいので、肉系だけ全部乗せてくれれば大丈夫なのだ!」
もはや何を言っているのか分からない。
ていうかユズリハさんとツバキは、失礼と奥ゆかしいの基準がおかしいと思う。
まあいずれにせよ、ぼくの答えは一つしか無くて。
「それがね、えっと……完売しちゃって」
「「「はい?」」」
「これでも、かなり多めに作ったつもりだったんだけどさ。余ったら明日食べればいいと思って……でも寮母さんに聞いてた分量よりも、今日はみんなが倍以上食べたんだよね。みんなはぼくのカレーが美味しいから、って言ってくれたんだけど」
「「「…………」」」
「そういうわけで、三人が食べたのが最後だったんだよ。本当はスズハの言ったみたいにいろいろトッピングも用意してたんだけど、全部食べられちゃって」
「な、なんてことだ……!」
がっくりと膝をつくユズリハさんに申し訳ないと思いつつ、
「いや、それでもユズリハさんたちの分は確保しておいたつもりだったんですが……」
そう言って、ぼくがちらりと後ろを見た。
……そこにいるのはロリ爆乳褐色銀髪ツインテールの、メイド服を着た泥棒猫の姿。
言うまでもなくカナデである。
しかもいつの間にか、幼女姿のうにゅ子までいた。さっきまでいなかったのに。
二人とも、リスみたいに膨らんだ口の中にはハンバーグだのから揚げだの豚しゃぶだの、ありとあらゆる肉が詰め込まれていた。
ついでにほっぺには、カレーソースがばっちり付いていた。
ぼくたちに気づいた二人は、視線を合わせたまま口をむぐむぐと動かして咀嚼したのちごっくんと飲み込んで一言。
「さすがご主人さま、とても美味しかった。じゃ」
「うにゅ!」
「──二人とも、ちょっと話を聞きたいんだが……?」
うわあ。
幽鬼のように迫るユズリハさんが、鬼の形相で凄く怖い。
ツバキも妖刀の鯉口切ってて、いつでも抜ける体制だし。
スズハは……二人の背後に回って逃げ道塞いでる。兄としてナイス判断だと賞賛したい。
さすがに命の危機を感じたらしい二人が後ずさって、
「ここは、メイドりゅう戦略的いちじ撤退……!」
「うにゅー!」
そうして逃げ出した先には、当然スズハが待ち構えていて。
お縄になった二人は、ユズリハさんたちからキツいお仕置きを受けることになった。
公爵家直伝のお仕置きを目の当たりにしたぼくは、ただ震えながら目を背けることしかできなかった。
……まさかあれほどとは。あのカナデがマジ顔で反省してたし。
いやあ、公爵令嬢って本当に恐ろしいですね。
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本年は数多くの読者様にお読みいただきまして、本当にありがとうございました!!
皆様良いお年を!!
そして来年も出来るだけ長く、こちらの作品を続けていきたいものです……!
萩原エミリオ先生のコミカライズも大好評みたいです、
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