17章 辺境伯寮母さん爆誕と、女王就任一周年記念式典
第175話 相棒
開校したばかりの女騎士学園分校には、学生寮が付属している。
もともと修道院だった場所を改装したこともあり、最初から生活用の建物があったのでそのまま活用することにした。
それに寮があれば、こんな辺境でも少しは入学しやすくなるし。
現在ではウエンタス公国からの交換留学生とツバキの合計十一人が寮で生活していて、一人の寮母さんが食事などの世話をしていた。
その寮母さんが倒れた。
****
「……ギックリ腰?」
アヤノさんからの報告を、すぐには理解できずに聞き返すと。
「はい。寮母さんが、夕食の入った寸胴を持った時にズドンと」
「ありゃま。大丈夫なのかな?」
「担ぎ込まれた診療所によれば、三日も安静にしてれば復帰できるそうです」
「そりゃ良かった」
「今日の夕食は準備できていたので大丈夫ですが、明日から復帰までの間は寮内の食堂を閉鎖しようかと」
「臨時で人を雇えないかな?」
「難しいですね。身元がしっかりしている人でないといけないので」
「なるほど」
まあ確かに、臨時で人を雇ったらスパイだったとか暗殺者だったとかじゃ困るもんね。
かといって身辺調査はすぐにできないし。
──ふむ。そういうことならば。
「じゃあ、ぼくが臨時で寮母さんになるよ」
「閣下がですか!?」
「うん。今はアヤノさんたちのおかげで忙しくないし、何かあったらすぐ戻って来られる距離だしね。どうかな?」
「……問題は無いですね。途方もない人材の無駄遣いという点を除けばですが……」
なんだか、アヤノさんが釈然としない顔つきになっているけど。
ぼくとしても、寮生活の実態を知るいい機会だしね。
決して書類仕事から逃げているわけではないですよ……?
「じゃあそういうことで」
というわけで、ぼくが臨時で寮母さんになることが決まった。
ちなみに男の場合は、本当は寮母さんじゃなくて寮長とか寮監とか言うみたいだけど。
まあ臨時なので。
そして、耳が早いというべきか。
分校から帰ってきたスズハとユズリハさんが、すぐにぼくへと走り寄ってきた。
「兄さん、明日から分校の寮母さんになるんですか?」
「キミ、その場合の食事はどうなるのだろうか! そしてお泊まりは!?」
「ええと、寮母さんが戻ってくるまでは寮で寝泊まりするつもりなので、ユズリハさんは街中の食堂にでも──」
「イヤだ! 断固としてわたしも寮に泊まるぞ! もちろん食事もキミと一緒だ!」
「わたしもです、兄さん!」
「そ、そうなの……?」
たまには街のレストランで食べればいいと思うけどなあ。
****
翌日もいつものように分校で雑用をしていると、いつもとは空気感が違っていることに気づいた。
上手くは言えないんだけれど、浮ついてるというか。
生徒たちが小声で、噂話を囁きあっている感じというか。
いったい何かあったのかなと首を捻っていると、交換留学生たちと話していたツバキが、とてとてと歩いてきた。
「おぬし、今日は拙らを夜這いしに来るというのは本当なのだ?」
「そんなわけないよねえ!?」
「
「今すぐ否定してきてくれないかな!?」
「むう……仕方ないやつなのだ……」
ツバキが口を尖らせながらも戻っていって、ウエンタス公国から来た留学生と話すと、またこちらに歩いてきて一言。
「みんな、おぬしが誰とベッドインするか知りたがっているのだ。さあ白状するのだ」
「だからしないよ!?」
「そうなのだ? まだ決まっていないということなのだ?」
「そもそも予定そのものが存在しないから!」
「ふむ」
首を傾げながらツバキがまた戻っていった。
それからウエンタス公国からの留学生と話してまた戻ってきたツバキが、
「おぬしの好みは清純派の白か? それともアダルツな黒か?」
「うにゃああぁ!」
「ど、どうしたのだ!?」
どうしたもこうしたもあるかと言いたい。
そりゃあ奇声の一つもあげたくなるってもんだ。
「ていうか、なんでツバキは伝書鳩みたいになってるのかな!」
「おぬしに聞きたいが聞く勇気が出ないと皆がいうのでな、代わりに聞いてやったのだ。拙は勇気あふるる武士なのだ」
「その勇気は一生でなくていいやつだと思う」
「そうなのだ?」
「そうなのです」
そんなものかと納得するツバキ。
出会ってまだ少ししか経ってないけど、ぼくの知る限りツバキの美点は素直なところだ。
欠点は素直すぎるところ。
「というわけだから、ぼくはそろそろ食事の支度を──!?」
──その時、ぼくは気づいてしまった。
ぼくとツバキのやり取りを、こっそり盗み聞きしている何人もの生徒。
校舎や木の陰に隠れているから顔は分からないけど、そこにいるのは分かる。
そして。
そのうちの一人が、思いっきりユズリハさんだということに。
「うわあ……」
ていうか、一番近いところで聞き耳を立てているのがユズリハさんだった。
顔は見えないけれど間違いない。
なにしろ、建物の陰から胸元が思いっきり飛び出しているのだ。
その特徴的すぎるシルエットを作り出せる女性が、世の中にどれだけいるというのか。
「……いや、この分校には三人いるか」
「どうしたのだ?」
「なんでもない」
盗み聞きなんて公爵令嬢に相応しくない挙動をしている怪しい人影が、ユズリハさんと決まったわけじゃない。
けれどツバキは目の前にいるので、当然ながら除外。
するとユズリハさんじゃなければ、消去法でスズハになるけれど。
スズハは性格的に、聞きたいことがあれば直接ぼくに聞いてくるタイプだと思うんだ。
うーん……
もしユズリハさんだとしたら、放っておくわけにもなあ……
というわけで確かめてみることにした。
さりげなさを装いながら、そっと呟く。
「……相棒」
びくうっ!
滅茶苦茶動揺しまくっていた。
残念ながら、あれはユズリハさんで間違いないという気がする。
ユズリハさんは相棒願望が強いので、それ系の単語に過剰反応してしまう癖があるのだ。
でも念には念を入れて、もう少しだけ確かめてみようか。
「……生まれたときは違えども、死ぬときは同じ日、同じ時を願う……!」
びくびくうっ!
「ぼくは絶対に、相棒を見捨てたりしない……死んでも護ってみせるッ──!」
びくびくびくっ……!!
「おぬし、さっきから何を言ってるのだ?」
「いやちょっとした実験を」
「滅茶苦茶楽しそうなのだ」
「……ソンナコトナイヨ……?」
ちょっと念を入れて確かめてただけで、楽しいコトなんて無かったはず。
釣り上げたばかりの魚のように地面でビチビチとのたうち回るユズリハさんが愉快で、つい調子に乗って続けたなんて事実は存在しない。きっと。
でもまあ、今日の夕食はユズリハさんが大好きな、肉たっぷりカレーにしようかな。
そう心に決めたぼくだった。
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