第179話 女王就任一周年記念式典
ギックリ腰をやった寮母さんが復帰するのと入れ替わるように、王都からトーコさんがお鮨とともにやって来て。
食堂でスズハたちが、前のめりにぶっ倒れるまで食べまくったのを無事見届けた後で、ぼくとトーコさんが世間話をしていると。
トーコさんがこんなことを言い出した。
「──ところでスズハ兄、三日後に王都で式典があるんだけどね」
「へえ。なんの式典ですか?」
「ボクの女王就任一周年記念式典」
「それはそれは。おめでとうございます」
「えへへ」
トーコさんがはにかみながら照れ笑いを浮かべた。かわいい。
「これもみーんな全部、スズハ兄のおかげだよ。本当にありがとうね」
「いえいえ、ぼくなんて何の役にも立てませんで」
「そんなこと絶対無いけど、そうだとしても大丈夫。これからも役立ってもらうんだから。ねえスズハ兄?」
「そりゃもう、トーコさんの治世のために全力を尽くす所存ですよ」
話の流れで、そんな景気の良いことを言うと。
トーコさんの目が、きらーんと光った気がした。
「そっか、ありがとう! じゃあ早速手伝って貰おうかな!」
「はいはい。なんでしょう?」
「その三日後の式典なんだけどさ。スズハ兄も出席して」
おやおや、何を意味不明なことを言っているのか。
「それは不可能ですね。だって王都はとっても遠いですし」
「その理屈でいったらボクだって無理じゃん。大丈夫だよ、ボク秘蔵の魔道具でバッチリ送迎してあげるから」
「いやでも、その魔道具は動作条件とかえらく大変だって、この前言ってましたよね? だからお鮨を運ぶときしか使わないんだって」
それってどんな条件なんだよと興味はあるけど、なんか恐ろしい条件だったら怖いので具体的なことは聞いていない。
ぼくの言葉にトーコさんが笑顔で首肯して、
「そう、大変なんだよ。スズハ兄が分かるように数字で例えるなら──往復するごとに、王家の予算が一割飛ぶくらい大変かな?」
「滅茶苦茶大変じゃないですか!?」
想像よりも大変さが段違いだった。
「あ、あの……そういうことなら、もうお鮨を持ってきていただく必要は……」
「それはいいのよ。もはやお鮨はついでで、ボクがこうしてスズハ兄に会いに来ることが目的なんだから。お鮨食べ放題だって、いつまでって期限を決めてたわけじゃないしね。だからそこは気にしないで」
そう言えば、どの期間がお鮨食べ放題だと約束したわけじゃない。
ということは。
「つまり辺境伯も、いつまでと決まってるわけじゃ──」
「普通は爵位って、受爵したら生涯そのままだからね?」
「不公平だッッッ!?」
「……そ、それがイヤならもうアレだよアレ、さっさと子供作って爵位を相続させてさ、自分は妻と隠居するしかないよね……?」
なぜかトーコさんが、あたかも長年付き合ったカップルが結婚を相談するときのような照れくさそうな顔で提案してきたけど、まあそれはそれとして。
「それなら、お鮨のことは気にしないでおきます」
「……いまボク、わりと頑張って告白した気がするんだけどね……?」
「え? なんのことですか?」
「もういい……」
なんだろう。王族の考えることはよく分からない。
「じゃあそういうことで、ぼくは用事が」
「それはいいから、一緒に王都に来るの」
「だからイヤですよ!?」
「もう、いい加減諦めなよ。ボクのお祝いに大陸中から各国の王様がやってくるんだし、そこに救国の立役者であるスズハ兄がいないとかあり得ないから。スズハ兄の出席は絶対。最上段の確定事項だからね」
「うう……式典とか儀式とか苦手なのに……」
「諦めなって。ボクの命を助けた時点で、こうなる運命って決まってたってことよ」
まあそれなら仕方ない。
ぼくが出席する代わりにトーコさんの命が救えるなら、安いものだ。
──というわけで。
ぼくはスズハやユズリハさんと一緒に、みんなで王都へ行くことになった。
****
トーコさんの魔道具で、王都への旅は文字通り一瞬だった。
ぼくたちが転移した先は、なんと王城にあるトーコさんの私室だった。
そこはいかにもトーコさんらしい、シンプルかつ気品のある部屋で。
そんな場所に不可抗力とはいえ、ぼくのような庶民の男が入っていいのかと震える。
「さて、スズハ兄。これから式典まで忙しいからね!」
「というと……?」
「まずはこれが式典の進行表。そんでこっちが、招待客のリスト」
ドサドサっと、分厚い紙束がトーコさんから押しつけられる。
これをどうしろと言うのか。
「というわけで無理しない範囲でいいから、できるだけ記憶してね! あとは頑張って、他国の賓客を迎えるときの礼儀作法をカンペキにする! ビシビシいくから!」
「ええええっ!?」
「国内の貴族相手ならどんな無礼しちゃってもボクの権力で黙らせられるけど、さすがに諸外国相手にそれやったら外聞悪いからね? スズハ兄も辺境伯になって一年になるし、これが良い機会だと思って諦めて!」
「それ以前に、なんでぼくがそんなことに……?」
「当たり前でしょー!? スズハ兄がクーデターで殺されかけたボクを救ってくれたから、今ボクは女王就任一周年式典なんてできるんだからね! だから泣き言なんて言わないで──ボクのココロの一番深い場所に、一生忘れられない、泣きたいほどあったかい記憶を刻みつけた責任、きっちり取ってもらうんだからっ──!!」
「えっと……それって褒めてます? それとも罵ってます?」
「うううっさいわね! だからスズハ兄はオンナゴコロが分からないのよ!」
そんなこんなで結局、勢いに押し切られてしまうぼくだった。
ちなみにその時、ぼくの背後では。
「……トーコさんって、たまに夢見る乙女のスイッチ入りますよね。ユズリハさんもそう思いません?」
「あいつは子供の頃から、バカ兄どものせいで苦労したからな。表面上は強がってたが、白馬の王子様が助けに来る系の乙女小説をこっそりと愛読していたのは公然の秘密だな。たぶん今でも読んでるだろう」
「でもトーコさん、実物の王子様が選び放題の立場なんじゃ……?」
「言ってやるな……」
なんて会話が小声でされていたけど、ぼくは聞こえなかったフリをした。
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