第55話 キミの手でティアラを被せてほしいんだよ

「……なにさ。スズハ兄、なんか言いたそうだね?」

「そ、そんなことありませんよ!? それより今日のドレス凄いですね、まるでウエディングドレスみたいです!」


 ぼくの華麗な話題転換が功を奏し、トーコさんはそれ以上ぼくを追及せずに「えへへ」とはにかんだ。


「ウチの国ではさ、戴冠式ってのは国王になる者と国との結婚って見立ててるのさ。だからボクもこんな格好ってわけ。もちろん本当の結婚は──」

「ごほん」

「なあトーコ。お喋りもいいが、まずは戴冠式を進めるのが先じゃないのか?」

「ちっ」


 話に割り込むようにスズハが咳払いし、ユズリハさんがツッコミを入れるとトーコさんはなぜか小さく舌打ちをして、


「……まあいいけど。ではこれから、戴冠式を始めます!」


 ****


 戴冠式は粛々と進んだ。

 ユズリハさんが、次期女王のトーコさんを讃える祝詞のりとを朗々とうたい上げる。

 なんでも、それは普通は教皇の役目なのだが今回のクーデターの首謀者の一人であることが発覚して処刑されたので、公爵家直系長姫でありかつ高位巫女の資格を持つ(!)ユズリハさんが代理したのだとか。


 次にトーコさんの誓いの言葉、その後に王国を守護するとされる女神像に、トーコさんが誓いの口づけ。

 言ったら殺されると思うけど、あれって絶対、歴代国王との間接接吻ちゅーだよね。


 そしていよいよ戴冠式という名の通り、王冠を被るという段になり。

 一旦引っ込んだユズリハさんが戻ってきた手元には、視界に入るのも眩しいほどの見事なティアラが輝いていて。


「さあキミ、トーコに被せてやってくれ」

「えええ、ぼくがですか!?」

「そうだ。普通なら我が国の戴冠式で冠を被せるのは前国王、もしくは教皇や父親か結婚していれば配偶者なのだが──」

「ボクはまだ結婚してないし教皇はアレ、父親である前国王は息子のクーデターの責任を負って蟄居ちっきょ中だからねえ。なんでここは次期女王誕生の最大功労者である、スズハ兄に被せてもらうべきかなって」

「いやいやいや、ぼくは平民ですよ!? そんな資格あるはずないでしょう!」

「そんなの関係ないよ。──ボクが殺されそうになったところに駆けつけて、死にかけてたボクの命を救ってくれた。しかもキミは厳戒警備の王城に、下水道を潜って逆流して、命がけの潜入劇で助けてくれたんだよ。そんなスズハ兄に資格がないってんなら、この世界の誰に資格があるっていうのさ? だからね──ボクは他の誰でもなく、キミの手でティアラを被せてほしいんだよ」


 ずい、と迫るトーコさんから助けを求めて、ユズリハさんとスズハに交互に視線を送ったものの。


「トーコの言う通りだな。救国の勇者であるキミに祝われない新国王など、どうせロクなことにならないだろうし、なんなら代わりにわたしが被ってもいいぞ? もちろんその場合キミはティアラを被せた責任を取って、一生わたしの隣で公私にわたり最大限のサポートをしてもらうことになるが……」

「というか、いっそのこと兄さんが被ってみませんか? 初めての平民出身の国王となれば、国民の人気は絶大でしょうし。ただしその場合、王妃が貴族のままでは平民国王に期待した皆さんもがっかりでしょうから、わたしのような庶民をお嫁さんにするのが賢明かと思われますが……」

「なんの役にも立たないとはこのことだよ!」


 ずずいっ、と迫ってくる三人。

 みんなもの凄い迫力で、どうしてもここから一人を選ばなければならない雰囲気だ。

 そして、その選択肢のうち二つが完全に地雷ルートならば。

 残った一つしか、ぼくに選ぶ余地はないわけで。


「トーコさん」

「……んっ……」


 ユズリハさんの手元のティアラを受け取って、トーコさんに被せると。

 トーコさんは、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔で微笑んだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る