6章 新女王の誕生

第54話 戴冠式

 はっきり言って、あの日のことはよく覚えていない。

 正確には、ぼくが王城に突入した後のことだけど。


 なにしろ王女の使うプライベートルームとやらが王城のあちこちに点在していて、しらみつぶしに探していったほとんど最後に強烈な魔力を感じて、がむしゃらに走って気付いたら腕の中に死にかけたトーコさんがいたので夢中で治療したことだけ覚えている。

 あと、下水まみれのままトーコさんを抱きしめて治療したことも。

 なにか言おうとしたトーコさんを黙らせるため、キスで口を塞いだことも──


「……兄さんってば、実はかなり覚えてますよね? 確信犯ですか?」

「ちちち違うんだよ! あれは緊急事態だったから仕方ないんだよ! ぼくは悪くないんだよきっと!」


 ここは王城内にある大聖堂。

 本来、王族と教会の最高権力者しか入れないはずの聖域に、なぜかぼくはスズハとユズリハさんの手によって連行されていた。


 眠っていたトーコさんの意識が戻ったと聞いたのが三日前。

 ぼくのしでかしたことは、既に広まっているだろう。

 アレだろうか。

 王女淫行侮辱罪とかで、ぼくは死刑になってしまうのか。うう。


「きっと即決裁判。軍事法廷では弁護士も呼ぶことができず──」

「……なあキミ、わたしは疲れているんだ。意味の分からんアホなことを呟き続けるのはやめてくれないか?」


 人がこれから処刑されようとしているのに、冷たい言葉を吐くユズリハさん。なんて酷い。

 とはいえ、ユズリハさんがへとへとなのは間違いようもない事実だ。

 なにしろクーデターが失敗に終わった日からずっと、王都には粛清の嵐が吹き荒れているのだから。


「……ちなみにユズリハさんってば、これまで何人くらい粛清したんですか?」

「千人はくだらないな。この国の貴族の八割ほどを、地獄の業火に沈めてきたぞ」

「まあ怖いわ」

「キミ、なぜ突然オネエ言葉なんだ……?」


 それくらいぼくが混乱しているからですよ。ええ。


「それと言い訳ですけど、あの時ぼくは」

「しっ。──始まるぞ」


 最後の弁明をしようとしたところで荘厳な鐘が鳴り響き、ユズリハさんに黙らせられる。

 扉が開いて、しずしずと入ってきたのは純白のドレスを着た一人の少女。

 ぼくには彼女が、まるでこれから結婚式を挙げる花嫁そのものに見えた。

 見慣れていた黒ずくめのローブ姿とは、まるで別人のように印象が違う。

 それでも間違えるはずもない。


 スズハやユズリハさんより落ち着いた印象の、信じられないほどの美貌。

 まだ成長しきっていない顔立ちを裏切る、凄まじく発育した胸元。

 そして何より怜悧な魔力や、洗練された動作の一つ一つが、己の出自を強烈にアピールする。

 ウエディングドレスを着ているようにしか見えないトーコさんが、ゆっくりとぼくたちの前まで歩いて立ち止まった。


「──スズハ兄。改めて、ボクを助けてくれて、本当にありがとう」

「いいえ、こちらこそ大変なご無礼をしでかしました。それでもご無事そうで何よりです、トーコさ……いえ、王女殿下」

「ダメだよスズハ兄」

「はい?」

「ボクの命の恩人であるスズハ兄に、名前で呼ばれないなんて悲しいなあ。それじゃボクがボクだからじゃなくて、王女だから助けたみたいだよ?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ!」

「じゃあボクのことは、今後もトーコって呼ぶこと。殿下も様も禁止ね。絶対だよ?」

「えっ、でもそれじゃ──」

「絶対、だよ?」

「……はい。トーコさん」

「スズハ兄の性格上、いきなり呼び捨ては無理かな? まあよろしい」


 まさか王族に逆らうわけにも行かず頭を下げる。

 ぼくが了解したことにトーコさんはニンマリとして、


「さてとスズハ兄。今日なんでボクがここに呼んだかは、当然分かってるよねえ?」

「もちろんです。おそらく今から即決軍事法廷、王女侮辱罪でぼくは死刑に──」

「なにを言ってるのかな!? 戴冠式だよ、戴冠式!」

「……はいぃ……?」


 王女に向かって間抜けな返事をしてしまう。

 だってそれくらい、ありえない答えだったのだ。

 少なくともぼくにとっては。

 トーコさんが「やっぱり分かってなかったか」という風なやれやれ顔で説明してくれた。


「王子二人はクーデターを起こした罪で粛清、前国王は王子の連座で引退。なんで王家にはもう、ボクしか次期国王になる人がいないってわけ」

「あれ、クーデターを起こしたのは第二王子ですよね? なんで第一王子も?」

「それがねえ、あのバカ兄どもってば両方ともクーデターを計画してたのよ。先に動いたのが第二王子派ってだけで、第一王子の方も調べたら出てくるわ出てくるわもう真っ黒」

「うわぁ」


 ていうかトーコさんもクーデターを計画していたわけで、つまるところこの兄妹は、全員クーデターを画策していたという恐るべき結果である。

 さすがは兄妹というべきか。


 もしくは親の教育が、よほどアレだったのだろうか?

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