第53話 決着(トーコ視点)
「……さて。トーコ殿との会話も名残惜しいですが、そろそろお別れのようですな」
「な、なによ? ははーん、ひょっとしてユズリハたちがボクを助けに来るのが怖いんでしょ?」
トーコのミエミエの挑発だが、それに乗るようではいくらこの国の貴族が腐っていても、長年に渡って宰相職など務まらない。
「自慢ではありませんが、サクラギ公爵家の姫騎士がトーコ殿を奪還しに来るなど想定内でしてな。とはいえ状況を考えれば厳戒下での王城突入など死にに行くようなもの、なのに本当に来るとは思っていませんでしたがね……」
「ユズリハはね! 自分が心から信頼する相手のためなら、たとえ可能性が低くても限界まで頑張れちゃう娘なのよ!」
「無謀ですな。あるいはそれが若さというものか」
そう呟く宰相の言葉に、トーコはひやりとしたものを感じる。
トーコがその可能性に思い至りつつも、思考に強固な蓋をして考えなかったようにしていたこと。
──ひょっとしたらユズリハは、仲間のために死にたいんじゃないのか。
たった一人で、呆れるほど戦場で敵や味方の屍体を見続けてきた結果、孤独のままに勝ち続けて
自分が認めた仲間のために、自分が認めた仲間に看取られて、死にたいと願っているんじゃないのだろうか──?
「まあいずれにせよ無駄なことです」
「それはどうかしら! ユズリハなら、裏切り者の騎士が束になって掛かっても、返り討ちにできると思うけど!」
「いくらサクラギの姫君でも、せいぜいが相打ちでしょうな。それに」
宰相が勝ち誇った目でトーコを見据えて、
「王族用の秘密通路には防御兵に加え、襲撃に備えて罠を仕掛けております」
「……っ!」
「仮にも公爵家の令嬢ですからね、王族しか知らないはずの秘密通路を知っている可能性も大いにある。なにしろワシも知っているくらいですからな。なのでそちらから攻めてきたときは、頃合いを見計らって──ドカン。大爆発して、そこにいた兵士ごと生き埋めというわけですよ」
「くっ……たかがユズリハ一人に、大げさすぎる仕掛けなんじゃない……?」
「そうやって侮ったあげく全滅した敵軍をさんざん見てきましたのでな。慎重にもなるというものですぞ」
トーコが唇を噛んだ。
これではいくらユズリハに、加えてスズハやスズハ兄まで救出に来てくれても無理だ。
なにしろ宰相は、王族の秘密通路を使うという裏の手まで読んでいるあげく、ユズリハたちを潰すために王城を派手に吹き飛ばしてまで生き埋めにする気まんまんだ。
自分どころか、救いに来たはずのユズリハやスズハ兄たちも絶体絶命の大ピンチである。
「ただまあ、さすがに王城が爆破されたとあっては混乱するでしょうからな、その隙に、トーコ殿に万が一にでも逃げられてはたまらない。なのでその前にトーコ殿を殺して……屍姦するといたしましょう」
「や、やめなさいよ、やめっ──」
「さようなら、姫様」
宰相が懐から取り出した大ぶりのナイフを構え──トーコの胸元に突き立てる。
「────!!!!」
普通なら即死の一撃。
けれど体内で極めて高濃度の魔力が循環しているトーコは、すぐには死なない。
とはいえそれは、死に至るまでの時間がほんの少し延びたというだけのこと。
「まだ死にませんか。さすがは姫さ──」
宰相がそう言った時、宰相の背後にある部屋のドアが爆発するように吹き飛んだ。
そして、胸を刺されているトーコの瞳に映ったものは。
自分たちの方に向かって鬼の形相で走ってくる、全身ドブまみれになったスズハの兄の姿と。
何事かと確認しようとする宰相と。
そして──
半分も振り返らないうちに、スズハの兄に本気で殴り飛ばされた結果。
まるで全身が大爆発するように、跡形もなく消し飛んだ宰相の最期だった。
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