第52話 初めての色仕掛け(トーコ視点)

 トーコ王女が王宮の自室で幽閉されてから、すでに半日が経っていた。


「……あのさあ。いいかげん手の拘束、解いてくんない?」

「ダメに決まってるでしょう。手が動かせれば魔法が使えますからね」


 後ろ手で椅子に縛られているトーコを監視している老人は、長年にわたってこの国の宰相を務めてきた男。

 今回のクーデターの実質的な首謀者でもある。

 表面上は第二王子が主導したことになっているが、あのアホ王子が緻密なクーデター計画など立てられるはずもない。だからトーコは油断してしまった。

 まさか影の薄いこの男が、クーデターを細部まで綿密に計画し、実行するとは。


「トーコ殿の魔術は強力ですからな。拘束を解いたが最後、ワシなど王城の外まで吹き飛ばされてしまいますよ」

「ちっ」


 トーコが舌打ちする。

 魔法さえ使えればこんなジジイ、すぐにでもぶち殺してやるのに。

 

「──ねえ、宰相だって男でしょ? ボクの身体に興味ないの?」

「無論、大ありですとも」

「エッチは絶対ダメだけど、交渉次第ではボクのおっぱいくらい揉んでもいいよ? ねえどうよ……?」


 トーコは王女として、自分のオンナとしての魅力を客観視している。

 王女という地位。

 恐ろしく整った顔立ち。

 そして男の肉欲、あるいは妄想を具現化したかのごときスタイル。


 ──自分とのエッチは大抵の男にとって、どんな美食や宝物にも勝る価値がある。

 トーコはそう認識していたし、それは大抵の場合、疑いようもない事実だった。


 けれどトーコは幼い頃から魔術を磨き続けて、今までオンナとしての武器を使うことから逃げ続けてきた。

 貞操観念が強く、恋愛に対して潔癖かつ夢見がちなところのあるトーコは、好きな男以外に媚びを売るなんて真似は気持ち悪くってできなかったのだ。

 同じように周囲のオンナを遙かにぶっちぎる美貌と肢体を兼ね備えながら、男女関係にとことん疎いユズリハがずっと側にいたのも原因だろう。


 そんなトーコが、生まれて初めて色仕掛けを試みた。

 トーコの現状はそれほどまでにピンチだったのだ。

 今この瞬間も頭の中の冷静な思考が、自分がいつ殺されてもおかしくないと警笛を鳴らしまくっている。


 しかし、トーコの初めての色仕掛けは失敗に終わった。

 

「それはとても魅力的な提案ですが、お断りしましょう」

「……どうしてよ?」

「誠に残念ですがトーコ殿の初めては、生きている間は頂かない取り決めになっておりまして」

「はあああああっ!?」

「見張り役がトーコ殿の美貌と肉体に目が眩むことなど、あまりにも簡単に予想できましたからね。なのでワシと王子、近衛騎士団長と三人で『トーコ殿と生きているうちにセックスしたら死ぬ』という誓約魔法を掛けたのですよ。まさかトーコ殿から言い出すとは想像もしませんでしたが……」

「う、うっさいうっさい!!」

「なのでお楽しみは、トーコ殿が屍体になってからということで……楽しみですなあ」

「こ、このヘンタイジジイ!! 屍姦が楽しみなんて頭おかしいんじゃないの!?」

「人に言えない性癖の暴露と秘密の共有は、結束を強固にする一番の武器となる。こいつは社交術の基本ですぞ?」


 そう真顔で返されては、トーコとしても絶句するしかない。

 かろうじて絞り出すような声で、捨て台詞を吐くのが精々である。


「こ、このっ、ヘンタイがっ……!」


 ああクソ。トーコの脳裏に、今さらながら後悔の念が押し寄せる。

 こんなことになるなら、今まで一発ヤらせろと暗に迫ってきた上級貴族クソやろうどもに乳くらい揉ませて、味方につけておくんだった──!


「ふっ。トーコ殿の性格では到底不可能ですな」

「この非常時までヒトの考え見透かした上に、鼻で笑いつつ正論吐くんじゃないわよ!?」


 トーコが宰相に対して、何度目か分からないブチギレを噛ましたその時。

 遠く部屋の外から、なにやら騒がしい音が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る