第51話 愛娘の身代わりに生贄になろうとしている若者へ向ける表情
公爵家が隠し持っていた王城の見取図や秘密の抜け穴、下水の位置などを頭に叩き込んで、国王や王女が幽閉されている場所を推測し、敵兵力を見積もって救出計画を立てていく。
そうして作戦を練っている最中、ぼくは思いがけない事実を耳にした。
「王女にはキミも何度も会っているだろう?」
「え、どこでですか?」
「──そうか、キミにはまだ言ってなかったかも知れないな。ほら、王立最強騎士女学園理事長のトーコだ。あいつはわたしの幼馴染みで親友にして、この国の王女でもある」
「ええええっ!?」
「いつタネ明かししようかと黙っていたまま忘れていたが、まさかこんなことになるとは……」
知らなかった。
ぼくはいつの間にか、この国の王女と面識があったのか。
とはいえ一般庶民のぼくのことなんて、向こうはあまり覚えてないだろうけど。でも──
「ならばますます、なんとかしないとですね」
「もちろんだ。キミにそう言って貰えると助かる」
「知っている人を見殺しにするのは、二度と御免ですから」
「……キミは昔、その──いや、ここで聞くことではないな。忘れてくれ」
どこから見ても完全無欠に国家機密な図面を睨みながら、ユズリハさんやその父親の公爵と意見を交わしていく。
途中、騎士学校から直行してきたスズハも合流する。
ぼくとしては、自分はともかくスズハに参加して欲しくはなかった。なにしろ危険すぎる。それなのに。
「ねえ兄さん? もちろん、わたしを仲間はずれにしたりはしないですよね?」
「……兄としては、家にいてほしいんだけどね?」
「なぜですか? これでもわたし、意外と役に立ちますよ? そこらの一般兵士相手なら、一個師団でも壊滅させてご覧に入れます」
「トーコさんの救出が目的だからね、そんなに暴れちゃ──いや、それでいいか」
方針決定。
頭の中で猛スピードで立案し、ユズリハさんたちに作戦を提案する。
ユズリハさんが、ぼくの話を聞くにつれて理解の色を浮かべた。
「なるほどな。キミの作戦だと、救出隊と陽動部隊の二手に分かれるのか。だが……」
「そうです。ぼくはトーコさんの救出に、下水の中を逆に泳いで王城の中へ。そしてスズハとユズリハさんには、同時刻に陽動するための事件を起こしてもらいます。できれば公爵家にも手伝っていただけると助かりますが」
「請け負おう」
「ありがとうございます、公爵殿。ではこれで──」
「なっ、ちょっと待て!」
ユズリハさんが慌てたように、
「わたしもキミと一緒に王城へ向かうぞ!」
「ダメです」
「なぜだっ!?」
「公爵家の直系長姫を、下水に潜って泳がすわけにはいかんのですよ」
「そんなバカな!?」
──ぶっちゃけ本音を言えば、ユズリハさんは救出部隊に是非欲しい。
けれどぼくの立場では、決してそれは言い出せないのだ。
当然だ。どこの平民が、公爵令嬢に「下水に潜れ」などと言えるのか?
とはいえ王族の脱出用隠し通路なんかは、厳重に警戒されているはずで。
可能な限り見つからず王城に潜入するとしたら、ここしかないと思う。
ここでポイントは、ユズリハさんが自分から言い出す分には問題ないということで。
もちろんぼくは体面上まずは否定するけれど、最終的にはユズリハさんの熱意に押し切られたという形にする。
そしてユズリハさんなら、必ず自分で言い出してくれると確信していた。
だからもう一度言ってきたら、仕方ないという顔でユズリハさんの同行を認めるつもりだ。
現在、ぼくの頭に描いたシナリオ通りに事は進んでいる。
ぼくはしめしめと内心でほくそ笑んだ。
ちなみにスズハは性格的に向いていないので無理だ。
スズハは暗がりとか二人きりとかになると、寂しいのか怖いのか知らないけれど、無意識にぼくに語りかけたり、身体を擦り寄せてくるクセがある。
通常の戦闘ならそこまで問題でなくても、隠密性が第一に要求される潜入作戦では致命的なのだ。
「下水でどれだけ汚れても構うものか! わたしはトーコを救出し、なによりキミの背中を護りたいんだ! だからわたしもキミと行くぞ!!」
「そ──」
「見苦しいですよ。ユズリハさん」
ぼくが「そこまで言うなら──」の「そ」の口になったとき、なぜか妹のスズハが言いがかりを付けてきた。なんだろう?
「分からないんですか、ユズリハさん? 兄さんはこう言ってるんです──わたしたちは足手まといだと」
「「なっ!?」」
「なぜ兄さんまで驚いているんですか……? ふっ、兄さんの考えることくらい、妹であるわたしには全部まるっとお見通しですから」
なにも見通せていないスズハが、ドヤ顔をキメたままユズリハさんに語りかける。
「兄さんはこう言っています。『お前はぼくの潜入スピードに付いてこれるのか? 強敵に囲まれたとき、自分の身を確実に守れるのか? ──自分の横に並び立つパートナーとして、ふさわしい実力を持っているのか?』と」
「う、ううっ……そう言われると……」
「いやぼくそんなこと言ってな──」
「兄さんはこうも言っています。『言わせるな、スズハとユズリハには陽動作戦がせいぜいだ。ぼくのパートナーとして相応しい実力を身につけてから、一緒に行くと言うのだな』と」
「…………分かった。わたしがスズハくんの兄上と一緒に行きたいなど、身の程を弁えない愚かな発言だったな。撤回しよう」
「えっちょ待って──」
慌てて言い訳しようとするぼくの肩が、ぽんと叩かれた。
振り返るとそこには、はらはらと涙を流しながらぼくを真っ直ぐに見つめる公爵がいた。
それは言うなれば、親が愛娘の身代わりに生贄になろうとしている若者へ向ける表情だった。
「すまない──死ぬなよ」
公爵の言葉の奥底には、娘を死地に送り込まなくて済んだ安堵が隠れようもなく溢れていて。
この瞬間、ぼくは一人で王城へ潜入することが大決定したのだった。
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