第50話 王女は殺されるでしょうね

 王都に戒厳令が敷かれて外出が制限される。

 そんな中、密かにぼくの家を訪れたユズリハさんの顔色は、真っ青を通り越して土気色だった。


「……本当にすまない、キミに忠告してもらいながらこのザマだ。なんとかしてクーデターを阻止しようとしたのだが……」

「いえ、ぼくが謝られることではないですよ」


 王子派閥のクーデターを予測はしたものの、実際にどう実行されるかなんて、平民のぼくに見当が付くはずもなく。

 そもそも平民にとっては貴族の権力闘争や、まして次期国王が誰になるかなんてこと基本的には関係ない。

 あまりバカが王様になったら国は荒廃するだろうが、いざそうなったらスズハと一緒に外国に移り住むという選択肢もある。

 ぼくとスズハが生まれ育った村も、そこにあった畑ももう無いのだから。


「それでキミは……今後どうなると思う?」

「どうとは?」

「現在、国王夫妻と王女が幽閉されている」


 真剣な眼差しのユズリハさんは、気休めの返答を求めてはいないだろう。

 だからぼくも率直に答える。


「王女は殺されるでしょうね」

「──っ!」

「今の治世の評判がそこまで悪いわけでもありませんし、外聞もありますからね。現国王は戴冠式まで幽閉しておいてその後は追放か一生幽閉、もしくは毒殺といったところでしょう。けれど王女は生かしておく理由がない。なにより危険すぎる」

「危険……」

「王女陣営もクーデターを計画していたんですよね? それを知っているなら当然、知らなくても頭が切れると噂の王女を生かしておいたら、後ろから刺される可能性も高い。王女派閥の貴族を黙らせるためにも、王女は殺されると思いますが」


 まあ平民のぼくが考える程度の話だ、どこまで合ってるのかまるで見当も付かないけれど。

 けれどぼくの言葉を聞いたユズリハさんは、思い詰めた様子でしばらく考え込んだあと。

 やがて顔を上げて、ぼくに真っ直ぐ顔を向けた。


「キミに、お願いがある」

「はい」

「こんなことを、キミに頼む権利が無いのは重々承知している。だからこれはお願いだ、キミには断る権利があるができれば断らないでくれ、わたしにできることならなんでもするから、だから、」


 ユズリハさんがごくりと喉を鳴らすと、


「わたしと一緒に──王女を助けてくれないだろうか?」

「いいですよ」

「…………へ?」


 即答すると、ユズリハさんの目が点になった。


 ****


 そうと決まれば時間が惜しい。

 ぽかんとしたユズリハさんを引き摺るようにして馬車に乗り込み公爵家に向かう最中、思考回路を再起動させたユズリハさんがぼくに食ってかかった。


「ちょ、ちょっと待て! キミ、あまりにも軽すぎないか!?」

「なにがですか?」

「キミなら分かってるはずだ! いま王女を奪還しに王城へ突入するなど、どう考えても自殺行為だぞ!?」

「その自殺行為をぼくに頼んだのはユズリハさんですよ?」

「そ、それはそうだけどっ!」


 まあユズリハさんの言いたいことは分かる。

 普通に考えれば断られて当然の、いわば死にに行けと言っているような要請に、なぜ首を縦に振ったのかと聞きたいのだろう。

 けれどそれに対するぼくの答えは、とてもシンプルで。


「そんなのはね、簡単ですよ」

「……ふぇ?」

「仲間が困っていたら助ける。ただそれだけのことです」

「そ、それは……!」

「それともぼくがユズリハさんを仲間だと思っていたのは、一方的な片思いでしたか? だったら少し寂しいですが──」

「そんなことないっ!!」


 ユズリハさんが、公爵家の馬車が震えるほどの大音量で否定した。


「キミはわたしにとって、最高の仲間であり、わたしの背中を任せられる唯一の存在なんだ! そのキミを卑下することは、たとえキミ自身だって許さないぞ!」

「え? いえ、それはいくらなんでも褒めすぎ──」

「そんなわけあるか! 今までだってキミにはさんざん助けられて、それに今だって、わたしが望んだ最高以上の答えをあっさり返して……どこまでわたしをガチで惚れさせれば気が済むんだこの大馬鹿ものっ!!」

「ま、まあ、それはともかく」


 謂れのない罪で怒られた気がするし、なんなら不穏な発言もあった気がするが今はそれを追求している暇はない。

 なんにせよユズリハさんの元気が戻って本当に助かった。


 なにしろ、ぼくらはこれから死地に向かう。

 気合が充実していなければ、生きては帰ってこれないだろうから。


 ……いろいろ調べて、本気で何ともならなそうだったらどうするかはまた考えよう。

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