第56話 相応しい相棒になるために、わたしはどれだけキミに報いる必要があるんだろうか?(ユズリハ視点)

 豪奢な貴族屋敷が、屍体に埋め尽くされていた。


 大広間にはおよそ百人の警備兵たちの惨殺屍体が積み上げられている。そこには綺麗な屍体など一つもなかった。

 ある屍体は、チェインメイルごと胴体を貫く手のひら大の風穴が空いており。

 ある屍体は、股間から上が左右に引き裂かれていて。

 ある屍体は、全身が肉団子のように丸めて一体化し。

 またある屍体は、首から上が綺麗に無くなり、頭の残骸は10メートル先の壁に叩きつけられへばりついていた。


 圧倒的なまでの暴力がなければ不可能な、虫けらを潰すような粛清ショー。

 それらは、たった一人の少女によってなされたものだった。


「ふむ。これで一段落か……?」


 周囲を確認しながら独りごちたのは、この惨劇を引き起こした張本人であるサクラギ公爵家の直系長姫、ユズリハ。

 幼い頃から戦場に立ち、近隣諸国に殺戮の戦女神キリング・ゴッデスの異名を轟かせる少女である。

 けれどそう呼ばれていた過去は、今のユズリハにとって苦い思い出にしかすぎない。

 過去の自分がどれほど井の中の蛙だったのか、今では痛感しているからだ。


(わたしが生き残ったのは、ただ単に弱い敵としか当らなかった結果にすぎない)

(スズハくんの兄上とまでは言わずとも、今のスズハくんやわたし程度の強さの敵に遭遇していたら、わたしなど虫けらのように殺されていただろうな)

(そう、この者どものように──)


 屋敷の外には、王国騎士団が十重二十重に包囲していて、虫一匹逃さない態勢を敷いている。

 その中をユズリハは新女王の勅命による粛清を実行すべく、敵対する貴族の屋敷にたった一人で乗り込んだ。

 待ち構えていたのはおよそ百人の警備兵。

 曲がりなりにも上級貴族子飼いの兵士、しかも内紛に備えて準備は万端に整えていた。弱いはずなどない。


 けれどそれら百人をまとめて、ユズリハは赤子の手を捻るようにあっさりと叩き潰した。

 しかも完全武装の警備兵に対し、ユズリハは素手。

 それどころかユズリハは鎧さえ身につけず、パンツ一枚の格好だった。

 なぜならば、粛清を続けるうちユズリハは、こんな思考に至ったのである。


(せっかくだから、全裸の時に──例えば風呂に入っている時や、わたしがと愛し合っている時に襲われた場合の訓練も兼ねるとしよう。うんそうしよう)


 最初のころはそうでもなかった。

 始めは普通に騎士隊と一緒に突入し、あまりに圧倒的な粛清ショーが続くとやがてユズリハ一人で突入するようになり、さらに傷一つ負わず連勝しまくると装備がどんどん簡素化されて、この前までシャツ一枚にナイフ一本だったのがついにパンツ一枚だけになった。

 端から見ればただの舐めプにしか見えないけれど、ユズリハにだって言い分はある。


(わたしは胸がでかいからな。ノーブラで襲われた時の動きにも、ある程度慣れておく必要がある)


 いまさら言うまでもなく、ユズリハの乳は完熟メロンよりなお大きい。

 そしてこちらも言うまでもなく、戦闘において乳房という存在は不利に繋がる。それが大きければ大きいほどなおさら。

 なにしろ胸元でお肉の塊が、引きちぎれんばかりに前後左右と揺れまくるわけだから。

 普段はブラでぎゅうぎゅうに抑えていても、いつノーブラの時に襲われるかなんて分からない。

 だからユズリハは今までずっと、ノーブラでの実戦訓練をしたかったのだけれど。


(まさかスズハくんの兄上の前で、ノーブラで胸を揺らしまくるなんてできるわけがないだろうっ。だって、は、はしたないっ……!)


 その点、粛清目標が相手なら気兼ねすることもない。

 そこら辺の石ころくらいどうでもいい、しかも粛清する男相手ならば、羞恥心のハードルも大幅に下がろうというものである。

 相手をさせられた警備兵たちは不運という他にない。


「……しかしスズハくんの兄上に訓練してもらうようになってから、知らない間にわたしがここまで強くなっていたというのは驚きしかないな……今までスズハくん兄妹やオーガが相手で、一般兵士などと戦っていなかったから分からなかったが……」


 パンツ一枚のユズリハが大広間の真ん中で、ひょっとしたら自分とスズハ兄妹が揃えば世界統一も簡単なんじゃないかと思案していると。


「死ねっ、このクソビッチがっ!! ファイアーボール!!」

「!」


 至近距離で死んだフリをしていた警備兵の一人がユズリハの背後から、最後の力を振り絞って全力で魔法をぶっ放した。

 虚を突かれたユズリハが振り返るのも間に合わず。

 剥き出しの背中に渾身のファイヤーボールがヒットして──そのまま消滅した。

 ユズリハの皮膚は火傷やけどを負うどころか、赤くさえならなかった。


「……へっ?」

「な、なぜだっ!? なぜ魔法が効かないっ!?」


 半狂乱になる警備兵を完全に無視して、ユズリハはきょとんと目を丸くすると、やがて納得したように破顔した。


「そうか。スズハくんの兄上が、わたしの背中を護ってくれたのか──」

「はあっ!?」

「……スズハくんの兄上は、わたしたちを指導してくれるのみならず、訓練が終わったら全身をじっくりマッサージしてくれるからな。もちろん背中も例外じゃない……その鍛錬とマッサージの繰り返しで、わたしの肉体は知らない間に……並の魔法では掠り傷一つつかないほど、鍛え上げられてしまったんだな……」

「な、なにを言ってるんだ!? そんなことがあるはずない!!」

「しかしスズハくんの兄上はずるいな……わたしが一人で戦っていてさえも、わたしの背中を護ってくれるなんて、いくらキミが背中を安心して預けられる相棒だといっても程があるぞ? ……ふふっ、キミに相応しい相棒になるために、わたしはどれだけキミに報いる必要があるんだろうか? 考えるのもうっとり、いやウンザリするな……」

「す、隙有りっ!」


 完全に自分の世界に入ったユズリハの様子に、警備兵は最後の力を振り絞り、剣を構えて特攻する。しかし。


「うるさい」


 うっとうしそうなユズリハの、やる気の無いかかと落とし。

 ユズリハのかかとはなんの抵抗もなく、警備兵の頭を胴体にめり込ませ、そのままプレートアーマーごと押し潰して大広間の床に大きな穴を開けた。

 警備兵の肉体と装備は、まとめて床のシミとなった。


 そして、自分の幸せな妄想の時間を邪魔する愚か者を処刑した一秒後には、ユズリハの頭の中からは警備兵の記憶など完全に抜け落ちていた。


 けれど。

 どれだけ凄まじい戦闘能力を見せつけても、ユズリハは決して慢心しない。

 なぜなら、強さとは相対的なものだから。


「──もしわたしがスズハくんの兄上と敵対したら、わたしなんてこの警備兵どもよりも簡単に、あっさり殺されるんだろうな──」


 それではいけない、とユズリハは改めて精進を誓う。

 自分の相棒にして命の恩人であると敵対するなんて絶対に、もはや国を敵に回したってあり得ないけれど。


 自分が相棒なんだぞと、せめて胸を張って言えるくらいには強くなりたいから──

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