第57話 実はぼく、クーデターの解決に一役買ったんですよ

 このところひっそりと静まりかえっていた王都の城下町は、新女王が誕生したというニュースで一転お祭り騒ぎになった。

 クーデターで戒厳令が敷かれていた反動だろう。

 そのクーデターが終わった後も、貴族どもを大粛清するためにあえて戒厳令を解くのを遅らせたとユズリハさんが言っていたし。


 庶民には二人の王子に隠れて印象が薄かった王女のトーコさんだけれど、続々と帰ってくる兵士たちから戦場の実情が語られるにつれ、トーコさんの評判は相対的に急浮上した。

 ていうか、王子二人の人気が地の底に落ちた。

 そりゃあ続々と入って来ていた大勝利のニュースが全部捏造で実際は敗北続きだって知られたら、普通はそうなるよね。


 そして新女王誕生のニュースと同時に、トーコさんが戦争とクーデターの真相を明らかにし、首謀者がユズリハさんの手で速やかに死刑執行されたことを公表すると、国民のトーコさん人気は爆発的に勢いを増し、もう熱狂的な新女王万歳ムーブメントが巻き起こった。

 この国の武力の象徴にしてカリスマであるユズリハさんが直接手を下した、というのが大きいのだろう。


 ぼくたちのような一般庶民は、しばしばヒーローと自分を混同する。

 だから国民的ヒロインであるユズリハさんが粛清することで、自分たちが正義の鉄槌を下したような錯覚を起こすのだ。

 もちろんそれは、ユズリハさんがまさに国民的ヒロインであり続けたからこそ成立することなんだけど──


 ぼくがスズハやトーコさんとそんな話をしたら、回り回ってユズリハさん本人にも伝わったらしく。

 それを聞いたユズリハさんは苦笑を浮かべて、


「まあ確かに、まだ人気だけは辛うじて上回っているようだが……それもいつまで続くことやら、だな」


 などと言って肩をすくめたという。

 誰と比較しているのかも分からないけど、それより意外なほど自己評価が低いことに驚いた。

 まあ自分のことは自分が一番分からないと言うし、そんなものかもしれないけれどね。


「兄さんだけは、それを言う権利は無いと思いますが……」

「ん? スズハ、なにか言った?」

「いいえ何にも。──見てください兄さん。月が綺麗ですね」


 ****


 新女王誕生のニュース以来ずっと賑やかな王都の街で買い物していると、どこかで見覚えのある品の良い老人に出合った。


「あれ、あなたは……」

「お久しぶりですな。その後、妹君のツインテールの具合はいかがです?」

「ああ」


 思い出した。

 いつぞやユズリハさんと一緒に行ったアクセサリーショップの店員さんだ。

 やたらツインテールを勧めてきたのでよく覚えてる。


「ツインテールの具合ってのはちょっと分からないですけど、妹は元気ですよ」

「それは結構なことですな」

「おかげさまで」


 老紳士然とした店員さんに誘われ、街並みを眺めながら立ち話をする。

 やはり話題になるのは新女王となるトーコさんのこと。

 この国の人間なら誰もが口にする、今一番ホットな話題だ。


「──トーコ王女が新女王になってからの手腕は、まあまあのようですな」

「そうですね」

「もっとも、そこに至るまでは危ない場面もあったようですがの」

「みたいですね」

「危機一髪を助けられたということじゃが……よほど凄腕の騎士が助けに来たようですな? 酒場では新作の英雄譚が続々と発表されておりますぞ」

「あ、あははは。そうなんですか……?」


 まさかトーコさんを助けたのが英雄だの凄腕の騎士だのなんかでなく、平民のぼくだなんて言い出せるはずもなく。

 乾いた笑いを浮かべたぼくは全力スルーを決め込むことにした。


「ま、まあそれはともかく、平和が戻ってよかったですねっ」

「全くですな。──ワシの孫もなんとか命を繋ぎ止めましたしの」

「それはよかったですね。お孫さん、兵士さんだったんですか?」

「出来の悪い魔法使いでしてな。実の孫ではないんじゃが、出来の悪い子ほど可愛いという言葉通り、ずっと遠くから見守っていたのです。──最近はを見つけて、ようやくしゃんとするようになったようじゃがの」

「へえ」


 まさかその孫のような魔法使いとやらが、トーコさんのことだと分かるのはこれよりずっと後の話。分かるはずがない。

 その時ぼくが考えていたことは、ちょっとリップサービスでもしようかということで。

 ちょっとした悪戯というやつだろうか。

 ぼくが助けたなんて言っても、まさか本気にするはずもない。

 冗談のふりをして誰にもできない自慢話をしたくなっただけとも言う。


「ここだけの話ですけど。──実はぼく、クーデターの解決に一役買ったんですよ?」

「ほほう?」

「本当ですよ? まあ証拠はありませんけどね」

「いやいや信じますとも。ほっほっほっ」


 店員さんは面白い冗談を聞いたという風に笑うと、やおらポケットに手を入れて、


「そういうことなら、ワシも孫を救ってもらったお礼をせねばなりませんの?」


 そう言ってぼくに手渡したのは、虹色に光る髪ゴムだった。


「……まさかこれで、ぼくにツインテールになれと……?」

「違いますぞ。ワシは男のツインテールを眺めて喜ぶ趣味はありませんし、だいたいその髪ゴムは一つきりでしてな。これは御守り代わりですじゃ」

「え、これってもしかして防御魔法かかってます? そんな高いモノを頂くわけには──」

「防御魔法は掛かっておりませんぞ。代わりに別の魔法が掛かっておりますがの」

「どんな魔法が?」


 ぼくが聞くと、店員さんが目を細めて、


「──いつか困った時には、この虹色の髪ゴムを持って誰でもいいからこの国の商人を頼るとよろしい」

「すると?」

「さすれば国中の商人が全総力を上げて、一度だけどんな悩みでも解決してみせましょうぞ」

「そりゃすごいですね」

「ああ、もちろん実現不可能なものはダメですぞ? せいぜい国民全員ツインテールとか、その程度にしておきなされ」

「なるほど。分かりましたよ」


 ホラを言う時は、本当かどうか判断が付かないのが一番困る。

 だからこれくらいスケールの大きいホラ話だと、最初からウソだと丸わかりなので、こちらも素直に返せるのだ。


「じゃあありがたく頂きます。お金に困った時にでも使いますよ」

「そうしなされ。金ならばそうですな……この国がまるごと買える程度の金貨ならば、すぐにでも集まりますぞ」

「そりゃいいものを貰いました」


 その後少し話をして、店員さんと別れた。

 もらった髪ゴムはどういう素材かそれとも魔法か、見たこともない綺麗な虹色で燦めいている。

 これならスズハの来年の誕生日プレゼントにいいかも、と思った。


 ──その虹色の髪ゴムに、店員さんが言ったとおりの効果が本当にあると知ってびっくり仰天するのもまた、これよりずっと後の話──

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