第140話 指導力だよ、指導力(ユズリハ視点)
街道沿いに旅をしていない以上、当然ながら野宿は避けられない。
深い森の奥、青年の静かな寝息が規則的に聞こえる。
この青年、実際には大国の辺境伯にしてこの大陸最重要人物の一人なのだが、外見からまるでそうは見えない。自覚のなさが原因だろうか。
そして青年の腕を抱きしめるように眠っているのは、女騎士学園の制服を着た美少女。
まだ幼さの残る顔立ちながら、その胸元は冗談みたいに大きい。
少女が青年の腕に豊満すぎる二つの膨らみをぎゅうぎゅう押しつけながら、幸せそうに寝言を呟いていた。
「兄さん、わたしの手料理はどうでしょうか……すごく美味しいですか? よかった……え、でも一番食べたいのはわたし……は、はい、お腹いっぱい食べてください……!」
そして側には、アホな寝言をばっちり聞いた少女が二人。
言うまでもなくユズリハとトーコである。
「知ってるかトーコ? スズハくんの手料理はな、そりゃもう悲惨なんだぞ」
「なんでユズリハがそんなこと知ってるのよ」
「影で練習してるのを何度か見かけたことがある。あれはもはや消し炭製造機だったな。わたしも人のことは言えないが、人間には向き不向きがある」
料理も戦闘も完璧なスズハの兄だって、貴族との駆け引きや色恋沙汰には向いていない。
適材適所というやつだとユズリハは思う。
「ところでトーコ。良い機会だから聞きたいことがあるんだが」
「なによ」
「トーコが将来、王都をローエングリン辺境伯領に移すつもりがあると聞いた」
トーコが目をぱちくりさせる。
「それはまだ誰にも言ってないはず──ああ、一人いたわ。公爵から聞いた?」
「正確には家宰のセバスチャンからだがな」
「まあ実際、そのつもりだよ。それが何年後になるかはさっぱり不明だけどねー」
「意味が分からん」
ユズリハが首を横に振ると、
「わたしは何ヶ月か実際に住んでいたから知っているが、あれはとんでもない辺境だぞ。なにしろ物流に不向きすぎる地形だからな。そりゃミスリルやオリハルコンは魅力的だが、遷都はやりすぎじゃないのか?」
「まあ普通ならそう思うんだけどね」
「……まさか、スズハくんの兄上か?」
「当然でしょ」
詳しく説明しろとユズリハが目線で催促する。
トーコが小さく肩をすくめて、
「ローエングリン辺境伯が普通の貴族ならさ、そりゃボクだって遷都なんて考えないよ。面倒くさすぎるもん。叛乱できないようにミスリルとかオリハルコンの流通量と、あとは兵数を徹底的に管理して、面倒な管理を任せつつ叛乱の目があったら即座に潰す」
「まあそれが最低条件だな」
言葉だけ聞くと、とんでもない悪逆非道な女王に聞こえるなとユズリハは内心苦笑した。
けれどそれができないなら、さっさと召し上げて王家直轄領にすべきだ。
それほどに、オリハルコンの産地というのは魅力的すぎる果実なのだから。
「だが、最初から王家に召し上げないのか?」
「報償額が莫大すぎて払えないのよ」
「それもそうか」
たしかにオリハルコン鉱山一つと交換ならば、ユズリハの父のサクラギ公爵家は広大な公爵領を丸ごと差し出すだろう。それでもなお公爵にとって美味しすぎる取引のはずだ。
それほどまでに、大陸唯一のオリハルコン鉱脈の価値は高い。
もっともそんな話が実際にあったとして、由緒ある公爵領を手放す可能性は五分五分か。
「まあ普通の貴族ならそんな感じ。でも今の話ってさ、スズハ兄相手にはもうまるっきり通用しないわけよ」
「どうして」
「もしも叛乱の目があったとして、スズハ兄をどうやって潰せっていうの?」
「そりゃごもっとも」
可能性をささっと考えて──絶対無理だな、うん。
ユズリハの脳内で、数百万の国王連合軍がスズハの兄に一方的にボコられまくる様子が鮮明に浮かんだ。
だめだめ、絶対勝てっこない。
たとえ
「だがスズハくんの兄上は、ローエングリン辺境伯領にもオリハルコンにも興味は薄い。トーコが頼めば領地替えしてくれるんじゃないか?」
「ダメだよ。さっきも言ったように対価が払えないし、なあなあで済ませたなら外からは王家がスズハ兄を軽んじたように見られる。それは最悪だからね」
「それは確かにマズいな」
「それにボクは、最終的には遷都のメリットの方が上回ると思ってる」
トーコの意外すぎる言葉に、ユズリハが耳を疑った。
「つまりトーコは、そんな事情がなくても積極的に遷都すべきだと?」
「そういうこと」
「分からん。そりゃスズハくんの兄上がいることによる絶対的な防衛力や安心感はあるが、さすがに物流事情をひっくり返すほどでもあるまい」
「それだけじゃあね。でもユズリハは、もう一つ忘れてないかな?」
「なんだと?」
トーコに言われて考えるユズリハ。
そりゃスズハくんの兄上には、素敵なポイントがいくらでもあるに決まってる。
料理が美味しいこと、マッサージが最高なこと、それに……
「ユズリハにも分からない? ──指導力だよ、指導力」
「なに?」
「考えてもみてよ。スズハ兄はずっとスズハに戦闘を教えてて、最近になってユズリハの訓練の相手もしてるでしょ? まあ二人の師匠みたいなもんよね」
「まあ今はそう言われても仕方ないな……将来的には相棒になる予定だが」
「そこはどうでもいいのよ。でさ、今やスズハもユズリハもこの大陸でスズハ兄を除けば五本の指に入るほど強いわけじゃない? そんなのスズハ兄以外に可能だと思う?」
「絶対に不可能だな」
「つまりそれって、スズハ兄の指導力が最強ってことにならない?」
「いやまてトーコ。それはそう、なる……のか?」
ユズリハの知る限り、スズハの兄は戦闘の教え方が上手いというタイプではない。
どちらかというと天才が独学したタイプなので、感覚的な指示語が多かったりもする。
たとえば「スッと相手の拳が来た瞬間、ハッとしてグッ」という感じ。
ユズリハが渋い顔で、
「なあトーコ。すごく納得がいかないんだが……?」
「でもさ。スズハ兄と一緒に訓練するとやる気も出るし、マッサージも最高、結果として強くなる。間違いないでしょ?」
「それは否定できないが……」
「というわけで、取り急ぎ王立最強騎士女学園の分校を作ろうと思ってるんだ。もちろんローエングリン辺境伯の領都にね。ユズリハやスズハの半分でも強い女騎士が十人くらいいれば、それだけで戦力として過剰なくらいだもん」
「むう……」
トーコの言わんとすることは分かる。
自分の相棒の指導力……かはさておき、一緒に訓練した相手を飛躍的に強くすることは間違いないだろう。しかし。
「それでは、わたしが相棒と訓練する時間が減ってしまうではないか──!」
どうやってトーコの計画を潰してやろうか、密かに策を練ることを誓うユズリハだった。
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